カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

カテゴリ: 番外編

3が日を過ぎてしまいましたが、
あらためましてあけましておめでとうございます。

今年はどんな年になるのか?

あるいはどんな年にするのか?

自分次第で変わることもあれば変わらないこともありますが、新年を迎えまして、とりあえずブログのタイトルを変えることにしました。
(リンクを組んでくださっている皆様。勝手に変更してすみません)

半年ぐらい前から変えようと思っていましたが、タイトル名にあれこれ悩んでなかなかできず、新年を迎えてようやく実行する気になりました。

変更する時間は1秒もかからないあっけなさ・・・

書いてる文章の中身相応な感じになってしっくりきた感じ。
ブログを始めたころのういういしい自分に戻ったというか(笑)

ブログのほうも始めてから3年半ほど経過していて、漂いながらもやはり見直しが必要な時期ではあります。

認知症である父親の状態がかなり進展しつつあるし、育ち盛りの子供への目配せもかかせない時期。

今後は、あれこれかかえこむ重さの心情吐露が、なんとなく多くなっていきそうな予感もします。

しかしながら漂いつつも、とにかく一歩一歩、やはり前に進むというか。

とにかく後戻りせず、立ち止まらない。

新年を迎えた清々しさのなかで、そんなことを思いました。

クリスマスまで、もうあと2週間。
仕事は忙しいし、雑事も多いし、親子でノロウィルスにやられるし・・・
寒い日も多いですね。
今年は選挙があるというのがいつもとは違って、より気ぜわしさが多い感じ。
その選挙もあと一週間後。
政権交代になると予測されている震災後の最初の国政選挙です。

そしてRickさんが入院したことが心配・・・
クリスマスの時には何事もなかったかのように回復してほしい。

「いつもより、祈りが長い、年の暮れ」

慌ただしく疲れがたまりやすい年末ですが、皆様もお体をお大事にして、師走をお過ごしください。

<今回は趣向を変えて居酒屋での会話風の語りで・・・(笑)>

かなり昔の話なんだけど、久米宏さんが司会していた番組で、「テレビスクランブル」というトーク番組がありましてね。
横山やすしさんもレギュラーもでていたくらいだから、そうとう古いんですけどね。そのなかで非常に印象に残った場面があったんですよ。

どういう内容かというとね。海外に居住し何十年も日本に帰っていない人を訪ねるという企画なんですよ。
もう移住先に骨を埋めようという人達だから、ある意味で日本の事はもう断ち切って生きているわけ。
当時は、まだネットも黎明期だし、今程はグローバルではないから、
もう日本とは接点がないという状態はあったんですよね。

私が見たのは北欧に住んでるひとだったんですけど、故郷への郷愁を感じているようでもなく、軽やかなトークで淡々としてましたね。

ただね。番組の趣向で日本からのお土産ということで最後に味噌汁を飲ませるわけ。

そのときにですね。
この淡々と話していた人が、なんと、さめざめと泣き出したんです!!

淡々とした話し方とのギャップがあまりに大きくて、見ていた私はもうビックリしましたね。いやあ驚いた!!

このときに「故郷の味は体が覚えている」ってね。
思ったわけなんですよねえ。


いやいやすみませんねえ。ダサい話をして・・・

勝手がよくわからないとは言ったものの、まだ twitter が続いています。
やはり書き込みが楽なんですよね。

ちょっとしたスキマ時間で思ってることをささっと書ける。

例えば

「ただでさえ日本はクリスチャンが少ないんだから、カトリックはカトリックらしく、プロテスタントはプロテスタントらしい方が幅が拡がって日本のキリスト教にとっていいと思うんだけど・・・ 」


「今度の中国暴動で感じた事。 共産主義って「自分より恵まれているものを引き摺り下ろしたい」という醜い本能を正当化する思想なんだね。。。。 」


「お年寄りから「子どもと共にささげるミサ」についてのお嘆きの声を伺いました。 子どもだけではなくお年寄りも「小さな人」ではないのか?「文語の祈りでお年寄りと共にささげるミサ」が必要だと思う。マジです。。。 」

なんてことを、思いついたその時々にちょこちょこっと書いてアップできる。

カトリックの人はどんどんフォローしていってるから、考え方が少し違う人にも読んでもらえているかもしれません。

リツイートやツイートしてもらえたりしながら会話が始まったりします。
ブログに比べると双方向性が強いですね。

twitter独特の会話の間や作法みたいものがあるような感じがします。

まだよくわかりませんが、もう少しtwitterの世界での会話を楽しんでみようと思います。

twitter を始めてから一週間が経ちました。
驚いています。というか戸惑ってます・・・

ツイートって、当初「つぶやき」って訳されてましたけど、ホント「つぶやき」「独り言」の連打って感じ・・・

私の twitter のページを見ていただくと、一見、私が1人でツイートしているように見えます。

しかしログインをすると、実は私がフォローした方のツイートが全部表示されています。

これをどうやら タイムライン と呼ぶらしい。
フォロー、フォロワー、タイムラインというのが twitter のツボのようです。

しかしタイムラインをよく見るとフォローした人のツイートだけではなく私がフォローした人がリツイート(拡散みたいなもの)した知らん人のツイートまで、私のタイムラインに表示されてる。
私は、原発の話はあまりしたくないんですけど、反原発の人のツイートがバンバン表示されてます。
「誰や。この人は・・・」という感じ。。。

なんかわけがわからなくなってもう制御統制不可能・・・

タイムラインは、ブログみたいに自分のページと思ったらいかんみたいです。

フォローすればするほど、タイムラインが複雑でわけがわからなくなる。
しかしフォローしなければ、自分のツイートもなかなか読んでもらえない。

変な仕組みです。

多人数×多人数のクロスコミュニケーションという感じでしょうか。
1対1のツイートもできるのですが、タイムラインにいろんなツイートが表示されるので、気がちって意外に会話が続かなく単発で終わることが多いです。

この混乱状態。新鮮と言えば新鮮ですがゴチャゴチャしていて集中はできない。
はたして続けることができるかなあ・・・

ただし twitter にもいい点があります!
いろんな人と出会える(見つかる)ところ!
カトリックでもいろんな考えの人がいることがわかります。
これは刺激になります!!

タイムラインも見方を変えれば、なかなかおもしろい。
私をフォローしてくださった人には、なかば強制的に(笑)タイムラインで、私のツイートを読んでもらうことになるわけです。
双方向のコミュニケーションということで、表現の仕方に節度がいるし配慮も必要。
そこが、ブログとの違いということが一週間たってわかりました。

違いを理解しつつ、ブログと twitter のミックスで、いろいろな人とコミュニケーションを深めていこうと思います。

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