カトリの日記

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

カテゴリ: 日本のカトリック教会の50年ぐらい前

ゼノさんは、ポーランド出身のコンベンツァル聖フランシスコ修道会の修道士。

ゼノさん1戦前の1930年にコルベ神父と日本に来られて1982年に90才で帰天されました。

戦災孤児の救援活動や恵まれない人への寄付を募るために物怖じしないであらゆるところにあらわれ、有名人になった。

日本語は上手ではなかったけれど、庶民的で愛嬌があり、カトリックではない多くの人からも愛された。勲四等瑞宝章という叙勲もされたんですね。

ゼノさんには、様々な逸話があるようですが、1981年に教皇ヨハネ・パウロ二世が来日なさった時にゼノさんと会われた話は有名。

老修道士の50年にわたる奉仕の日々をいたわるように、手を握り頭をなでた教皇に対して、ゼノさんは「パーパ、パパ」と大きな声を出し泣いた。
当時ゼノさんは、高齢によってかなり衰えが目立っていて「果たして、教皇とわかるだろうか?」という危惧があったことも後に知りました。

ニュースの映像だったと思うけど、この対面のシーンは今でも鮮明に覚えています。
この時のゼノさんの気持ちを思うと、今でも涙・・・

この世ではボロカバン一つで、宝は天の国に積み続けた人生だったゼノさんは、その翌年の1982年に帰天。

ゼノさんは聖コルベと会っていた、というより一緒に日本に来たぐらいだから、ずいぶん影響を受けていたのではないだろうか。
ゼノさんを通じて聖コルベという人を感じます。

ドン・ボスコの聖遺物が、日本を巡回されたそうです。
残念ながら関西での滞在はわずかで、私はお会いする事が出来なかったのですが、各地で多くの方の歓迎があったようで、久しぶりにいいニュースだなあと思いました。

ゼノさんの鞄そして、話は変わってこの写真です。

私は、ストレスが溜まると書棚のかたずけをするのですが、時に思わぬものと出くわしビックリする事があります。

「写楽」という古い写真誌が出てきて「なんでこんな雑誌を残しているんだろう」とパラパラめくったら、この写真を発見!
残していた理由がわかりました。 これはゼノさんの鞄です。

ぼろぼろくたくたになりながら、というかぼろぼろになっていることで、どこか神々しさを醸し出しているこのカバン。
日本の恵まれない子供達への奉仕に生涯をそそいだゼノさんの人生を象徴するような、そしてゼノさんその人を見るようなオーラにあふれています。

コンベンツアルにまだ残っているでしょうか?

聖遺物は、聖人となられた人の遺物だと思いますが。このカバンも聖遺物のような強い存在感がありますね。

とてもとても、いとおしくなるようなゼノさんのカバンです。

日本のカトリックの教勢「50年前のカトリック教会」ということでご紹介しているこの記事は再宣教100周年記念誌の「躍進の世紀」からの記事です。

50年前の100周年記念だから再宣教から現在まで、だいたい150年経ったのですね。

このなかに興味深いグラフがありました。

上図の日本地図の下のほうに2つの山がある折れ線グラフがあるでしょう。これは、日本宣教における信徒数のグラフだそうです。

左の方の山は、明治初期ではなく、戦国時代のキリシタンの信徒数。
右の山の終戦後の伸びも結構急激ですね。2つの山は30万ぐらいの頂点になっています。
真ん中の谷は、深く大きく、江戸時代の弾圧の強さを示していますね。

明治期の初期の再宣教も、当初は強い偏見があったと思いますからおそらく大変だったと思います。

50年前に、再宣教100年にして、やっとキリシタン時代のピークとほぼ同じところまできた・・・・
「躍進」してきたのは、わかりやすく書けば「トリエント・ミサ」の時代だった。

「キリシタンの時代」「再宣教が始まった時」「50年前」
それぞれに大切な意味がありますね。

ところで、50年前から現在までの歴史は「躍進」してきたのか?

イグナチオ教会イグナチオ教会2










この画像の教会をご存知の方は、もしかすると多いかもしれませんね。
そう、以前のイグナチオ教会(東京教区カトリック麹町教会)です。
こうして見ると薔薇窓がかなり大きかったんですね。
わたしもおぼろげですが立派な教会だったことを覚えています。

今のイグナチオも立派できれいなのですが、何か音楽ホールみたいであまり教会らしくないですよね。きれいなんだけど良くない・・・

前にも書きましたけど、やはり「らしさ」というのは大切な事だと思います。薔薇窓やリブボールドというのは教会らしさの記号ですよね。

この聖堂が四谷駅の前に今もそびえていたら・・・と思いますが
古い聖堂のままで残っている神田教会は文化庁の有形文化財に認定されているようですね。

人も「らしさ」というのがありますね。
父親らしさ。母親らしさ。子供らしさ。大人らしさ。社会人らしさ。教師らしさ。医師らしさ。裁判官らしさ・・・・

そして神父らしさ。聖職者らしさ。
私は「らしい」ほうがいいと思います。


観想修道会の創設者である聖ベネディクトは、貴族の家に生まれながら、退廃した都会生活に空しさを感じ、価値ある生き方をもとめ修道者になったといいます。

躍進の世紀15躍進の世紀14










この2枚の画像は、時間と空間を飛び越し、ヨーロッパの中世の修道院の世界をビジュアルで見せてくれているように錯覚してしまいます。

この写真は、カトリックが2000年の間、欧州で育まれた重みのようなものが伝わってくる。

凝縮された緊張感に、聖性の美を感じます。

俗にまみれた私は、この方たちの足元にもおよばない。

現代でも、カトリック教会の聖性や美しさの規範であると思います。

この修道会での御ミサはどんなだったんでしょうか?

フォークミサ、バンドミサ、バンブーダンスミサ・・・・
そういうミサ、必要でしょうか?

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