カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

カテゴリ: カトリックの教え、信心について

「ボーヴェー大聖堂。鉄筋のない時代に石組みだけで48mまでの天井高まで到達。パリのノートルダムの1.5倍の高さで、12階建てのビルがすっぽり入る。」と前回書いたが、このボーヴェー大聖堂にはいろいろと逸話があるらしい。

1247年に工事が始まり空前の高さの48mで完成したものの支持構造の強度不足で12年後にヴォールド天井が大崩落!

支柱の数を倍に増やして1323年の内陣が再建。しかし百年戦争で中断。
1500年に再開。1569年に交差部に153mの高さの塔が完成。しかし今度はこの塔が傾斜し始める。
専門家を交えて対策協議をしているさなかに大音響とともに倒壊!

ゴシック建築の限界とされているようだが、300年かけて限界を極めるところまでやるというところが凄い。

ネットで画像を見ただけだが、強度を保つ為か外観はまるで要塞。

少しゴツゴツしすぎてるようにも感じるが、内陣はさすがにその高さが荘厳さを感じさせる。
その場にいたら上のほうに引き上げられるような感じがするのではないだろうか?

余談だが、聖ジャンヌダルクをイギリス軍に引渡し、異端裁判の判事をしたピエールコーション司教はボーヴェーの司教だったように記憶しているが、この大聖堂の司教だったことになる。

(※ボーヴェー大聖堂の逸話については河出書房の「図説 大聖堂物語」から一部引用)




ブログを始めてから8年も経ってしまったが、最近になって、文章を書く難しさを痛感している。

同じようなことを書いていても、文章の表現の仕方で、印象がガラッと変わるということを、あまり真剣に考えずに続けてきてしまったので、そういう文体の違いが気になって仕方がない。

そういうわけで、以前書いた内容を再読しながら書き直すという、あまり生産的ではない作業が始まってしまった。

しかし、読み直しによって、「こんなことを書いていたのか」という新たな発見もあって、アーカイブとして眠らせるのはもったいないという思いと、最近、もうネタが尽きてきたということもあって、文章表現を変えたうえで日付を更新することにした。


以下は、その更新記事になる。

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カトリック教会らしい教会(建造物)をイメージするとき、どんなイメージが一般的なのだろうか?

ひとそれぞれとはいうものの、ゴシック様式の教会のイメージが強い感じがする。

初めてヨーロッパに行って、ミラノのドーモを見たときは、本当に驚いた。

その時の衝撃と感動で、私の場合もやはりゴシックの建築様式がカトリック教会らしさの典型になっている。

ただ、このゴテゴテした感じを嫌う人もいて「ゴシック」という言葉自体が15〜16世紀あたりからの蔑称らしい。

ところが驚いたのはゴテゴテしている部位も建築的に理にかなったところが多く、装飾のための装飾ではないようで、それぞれに一理あるらしい。

1.力学的には壁で支えているのだけど、採光を重視するために壁を薄くする必要があり柱がとび出てくる。

2.「リブヴォールト」(こうもり天井)は重力を横に逃がすための形状。

3.「フライングバットレス」(外側からアーチを支える柱)は外壁が横に広がろうとする力を外側から押さえ込む。

4.外側に飛び出た雨樋「ガーゴイル」(動物の形が多い)は雨水が外壁やガラスにかからないようにして、少しでも損傷を抑える。

5.「ステンドグラス」も採光のためだけでなく、
暗い聖堂で明るく光って見やすい聖書絵巻の役割を果たす。

極めて機能的で、その機能にもとづいた特徴的な形状を、装飾によって際立たせゴシック教会らしさを形作っている。

まさに機能する芸術。

高さを競い、ボーヴェー大聖堂は、鉄筋のない時代に石組みだけで48mまでの天井高まで到達した。パリのノートルダムの1.5倍の高さで。12階建てのビルがすっぽり入る。

科学のない時代に構造解析した訳でもなく、経験則で職人が築き上げた。

奴隷労働でつくられたわけでもない。

これほどのものを創るエネルギーはいったい何なのか?

美しさを感じるとき「削ぎ落とされたシンプルな美しさ」と「複雑で緻密な美しさ」のそれぞれ対極があるけれども、ゴシックは後者のわかり易い例かもしれない。

第27回 荘厳司教ミサ

会場 カトリック東京大司教区カテドラル聖マリア大聖堂

2017年11月11日(土)

13:00〜 開場

13:40〜  諸聖人の連祷(ラテン語グレゴリオ聖歌)

14:00〜  荘厳司教ミサ(
ラテン語グレゴリオ聖歌、通常形式)


主司式:ペトロ岡田武夫大司教

共同司式:駐日ヴァチカン大使 ジョセフ チェノットゥ大司教 他、司祭多数(予定)

ミサの意向:「ファティマの聖母」

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カトリックアクション同志会主催の荘厳司教ミサは「日本では距離的にバチカンのミサに与ることは大変」という事実を前提に始められたという。

そういうことを考えれば、よりバチカンのミサに近づくために、参列者の気持ちが一つの方向に向かうことができればと思う。
グレゴリオ聖歌は、もちろん重要だけれども「聖変化や聖体奉挙のときに跪く」とか、「御聖体を掌ではなく口で直接拝領する」という所作も、バチカンのミサに近づくということでは大切だろう。

「荘厳司教ミサのときはバチカンのミサに所作も倣ってみる。」ということも、荘厳司教ミサが、少しづつ磨かれて進化していくということでは大きな意味を持つと思う。

また、このミサに与るうえで、絶対に外さないほうが良いのが、ミサ前の諸聖人の連祷(ラテン語)で、このイントロによって、グレゴリオ聖歌の世界に引き込まれていく感じがある。
この体験の有無によって、ミサの印象も多少変わるような気がする。

この連祷のことや、かなり多くの人が集まるということもあるので、早めの来場をお勧めしたい。

前回「私の居住地域一帯の小教区教会はどこもかしこもグレゴリオ聖歌は皆無」というようなことを書いたけれども、今の所属教会は、3年程前に近隣の教会を見定め直して一番良いと思ったところに籍を移し直した結果なので、そのことはもう納得済みというか、現在の日本のカトリック教会では、大なり小なり似たような感じだろうから、現状では多くを求めるのは無理で、今はしかたがないとは思っている。

おそらくグレゴリオ聖歌のミサに、ほぼ毎週与れるという高い条件で探せば、現実にはUVJの特別形式ミサぐらいになってしまうのが、おそらくありのままの今の日本の教会の姿だろう。

ミサでの聖歌の影響というのはとても大きい。
移籍前の教会はグレゴリオ聖歌どころか定番のカトリック聖歌も全く歌わない教会だったので、これがかなり辛かった。

もっともこの教会は、聖歌以前にかなり特異だったのが「聖櫃が主聖堂に無い(従って聖体ランプもない)」という聖堂設計の問題があった。
これは単なる設計ミスではなくて、結果的にこのことは「刷新された新しい教会の姿」というメッセージだったことが、その後にあったいろいろなことで今となってはよくわかった。

教会というところは、世俗的な尺度では、まあだいたい穏やかな善意の人の集まりで、この教会での人間関係も普通ではあったが、そういうことで妥協できないのは私の性分で「もはやここはカトリックでは無い」と感じてケジメをつけた。

やはりいろいろな意味で「御聖体」が中心に無ければカトリックでは無いだろう。

思えば穏やかな善意の人の集まりなのに、何かと揉め事の多い教会ではあった。
教会籍を変わったことは本当に良かった。

いまの所属教会では、たとえグレゴリオ聖歌が無くても「あの頃を思えば・・・」というような慰め?とともに、平穏な気持ちで毎週のミサに与れてはいる。


ところが、その今の所属教会で、その平穏を破る良い変化が起きた。

春の異動で地区ブロックに移ってきた若いアジア人司祭の発案で、平日のミサ後に、聖体賛美式を行うことになったのである。

なんとか仕事の都合をつけて与ってみたが、これが本当に良かった・・・

若い司祭が、御聖体を向いて跪き頭を下げる。
それも床に頭がつかんばかりに深く深く頭を下げる。

私も倣って、目の前にある存在が何なのかを所作で、自分に言い聞かせる。

私にとっては、やはり聖体賛美式は「御聖体」に対する信仰を、極めてわかり易く再確認する場なのだと思った。

話を冒頭のグレゴリオ聖歌に戻すが、この聖体賛美式では、Tantum ergo(タントゥム・エルゴ)を歌ったので「私の居住地域の小教区教会ではグレゴリオ聖歌は皆無」という発言を撤回しなければならなくなった。

平日ミサという限られた場だったけれども、このことがいろいろなことに影響する予感を感じ、所属教会が一歩、良い方向に変わるスイッチが入ったような感じがしている、

これはきっと、私の所属小教区のだけのことではない。
今、日本の教会がまずしなければならないことは、どこでもすっかり廃れてしまっている聖体賛美式なのかもしれない。

ヨーロッパでの聖母被昇天ミサでは、閉祭の聖歌は Salve Regina (サルヴェレジナ)が定番らしい。 

少し期待して、所属教会とは違う場所で 被昇天ミサに与ったら、そのとおりだった。 

後で友人に聞くと、他の教会でも Salve Regina を歌ったところは何箇所かあったようだ。

最後に一曲だけグレゴリオ聖歌を歌ったぐらいでは、ラテン語ミサとは言い難いけれども、それでも関西でグレゴリオ聖歌を歌うミサはあまりにも少ないので、このくらいのことでも嬉しい。

ラテン語ミサ通常文のキリアーレの場合だと、聖母の祝日ミサで用いられるのは9番のクム・ユビロ (カトリック聖歌集505番 Cum jubilo)のはずだ。
実は、このクム・ユビロ(Cum jubilo)のラテン語聖母被昇天ミサが、大阪北部の方であって、満員だったそうだ。

Salve Regina にしろ、Cum jubilo にしろ伝統的なグレゴリオ聖歌を唄うミサが、ちょっと増えてきたのだろうか? 

あるいは私が関心を持っているからこういう情報に敏感になるだけなのか?

グレゴリオ聖歌が、もし次々に復興していっているのならば、少し光明がさしてきているような感じがするが、正確にはわからない。 

私の居住地域一帯の教会は、いまだにどこもかしこも完璧にグレゴリオ聖歌を歌わないし、大阪教区京都教区内を転々とした私の教会遍歴の中では、グレゴリオ聖歌を歌う教会は皆無だった。

同じ教区内でも、小教区によって極端な温度差がある。


こういう「どこの教会に行けばグレゴリオ聖歌のミサに与れるのか?」という情報を、インターネットで拾えないのはなんでだろうと思ってきたが、別の教会で典礼委員をしている友人にリアルな話を聞けば、主任司祭というのは、反対意見が出れば実施を躊躇するものらしい。

大阪教区というところは、教区時報に「ラテン語ミサ反対」を公言する聖職者の投稿が掲載される風土だから、グレゴリオ聖歌を続けていることをネットに載せる事で、思わぬ変な横ヤリが入る可能性をデメリットとして危惧する気持ちは、わからないこともない。

ラテン語やグレゴリオ聖歌に反対するということが、そもそも間違っているのにもかかわらず、そういう誤った意見に振り回されて萎縮しているというのはもどかしい限りなのだけれども、それが現実の姿ではある。


上記のような話を聞くことができたのは、先週末に信徒団体の集まりがあったからだが、他の小教区の状況を知るという意味でも、信徒団体の目的に沿ってラテン語グレゴリオ聖歌によるミサの実現を共に目指すという事においても、小教区を越えた「絆」を持つ意義は大きいとあらためて思った。

ラテン語ミサに与るためには、自分一人で探すよりも、同じ想いの人の集まりに参加する方が話は早い。
信徒団体に加わることから事は始まるということが言えるのかもしれない。


ラテン語ミサの有無というだけでなく、跪きを止めるなど、少しづつ少しづつ、ミサ典礼から荘厳さが失われてしまって久しい。

典礼で何かが変わるごとに何かを失ってきたと思われる方、グレゴリオ聖歌のミサを探しておられる方に、是非、UVJのような信徒団体に加わることをお勧めしたい。

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