「楽園」という言葉を聞いて、頭の中でどういう場所を想像するかといえば、やはり「南の島」のイメージになるという人が多いと思う。

ただ日本では昔から「南の島」を想像していたようには思えないし、「楽園」という言葉そのものも、江戸時代からあったような感じもしない。

おそらく明治の文明開花のなかで、西洋から伝わったイメージであって、言葉もその訳語なのではないだろうか?

もしかしたらは、「旧約聖書、創世記の失楽園の話を翻訳するにあたって『楽園』という言葉が誕生したのかもしれない」などと想像したりもする。

その「楽園」が「楽園=南の島」のイメージになったのは、これもまた西洋社会からで、その思想の源流があるようだ。
理想郷を求めてタヒチに移り住んだ画家のポール・ゴーギャンもその一人である。

「YOUCAT(堅信の秘跡)」という本に、そのゴーギャンについての興味を深い話が載っている。

ゴーギャンは「楽園」である「南の島」へ旅立つにあたって「やっと自由になれる。お金の心配もなく、これからは愛し、歌い、死ぬのだ。」というような手紙を書いている。

ゴーギャンが、このような気持ちを持つようになった背景には、ジャン=ジャック・ルソーの思想に「高貴な野蛮人が住む理想郷」というような概念があって、当時のフランス社会において、その理想郷に対する憧れがあったようだ。

「高貴な野蛮人」とは
■自然と完全に調和した生活をおくっている
お金を必要としない
やさしく無垢で愛し合っている
罪や犯罪がいかなるものか知らない
嘘を知らない
自分たちを支配したり裁いたりする者を必要としない
という人々であって、
南海のどこかにそういう人々が住む理想郷があると考えていたらしい。

ところが現実に、「南の島」に渡ってみれば、憧れは失望に変わる。

高貴な野蛮人は、あらゆるたぐいの病に苦しみ、過酷な生存競争をし、厳格な道徳規範を持っていたし、ゴーギャンもまた輸入品の保存食で生活をし、絵のモデルにお金を払わなければならなかった。

ルソーが思索し、ゴーギャンが想像したような「楽園」はこの世には存在していなかったのである。

「YOUCAT(堅信の秘跡)」という本は青年向けカテキズム(カトリックの教えを解説する入門書で<堅信の秘跡>はその分冊)なので、カトリック教会では、ルソー、ゴーギャンの考えるようなロマンティックなこの世の「楽園」は、ある意味、冷たく突き放すようにバッサリと否定しているということになる。

ルソーやゴーギャンと同じ「楽園」のイメージを持たないまでも、現代社会を生きる中で、時に私も「世俗的な楽園」を、空想したり憧れる事があるわけで、ルソーやゴーギャンとそれほど変わらないような気もする。

「私たちは、既に一度、「楽園」から追放された身であるがゆえに、楽園に戻るためには、ある『門』をくぐらなければならない。」というのが、カトリックの原罪の概念で、同時に『門』への道への招きになっている。

理想郷の不在という「失望」もまた、新たなスタート地点であるということなのかもしれない。