コンスタンチノ・ドラードに興味を持ったので「活版印刷人 ドラードの生涯」という本を読んでいて先日読み終わった。

この本は天正少年使節やキリシタンの話を舞台にしながらも、著者の青山敦夫さんが印刷業界の第一線にいた方で、印刷学会から出版されているということもあって、視点の軸足が「活版印刷」にある。
キリシタンに関係する本としては異色の本かもしれない。

とはいえ、小説仕立てになっているのでストーリーがあるし、天正少年使節や当時の日本の教会についての描写は大変細かく、客観的に当時の日本の教会の状態を垣間見る感じがして引き込まれた。

日本におけるキリスト教の宣教は、浮き沈みがありながらも時の権力者によって翻弄され、信長死後は秀吉や家康によって弾圧迫害に向かうので、哀しみと苦しみ、暗さ重さを帯びている。

しかし、この活版印刷の物語は、キリシタンの環境の厳しさに反比例するかのように、1000部を超える大量の印刷物が次々に生み出されていった事実を語っていて、弾圧期の話でありながら一筋の光彩のような煌きがあった。

コンスタンチノ・ドラードは、子供の頃から家族を知らぬまま教会で育つ。
天正少年使節とともにヨーロッパに渡航するという数奇な運命をたどるが、福音宣教のための活版印刷の技術習得という自らに与えられたミッションを忠実に守り、誠実にその使命を果たした。
日本に於いて印刷、出版されたキリシタン版の印刷物は32点あったとされている。 

禁教令による弾圧がピークとなったとき、日本に伝わったキリスト教の信仰の遺産は徹底的に破壊させられるが、教会施設だけでなく、このグーテンベルク直系の3台の活版印刷機による印刷技術、印刷文化も免がれることはできなかった。
印刷機のうち1台だけはドラードと共にマカオに移ったが、残りの2台の印刷機も、活字1本ですらも日本には現存しない。

ドラードは、日本の活版印刷の消滅という現実の中で、自らの奉仕の成果を実感することなく生涯を終えたかもしれない。


しかし、多くのキリシタン版の印刷物が世界各地に残った。

日本に於いても、印刷機だけではなく印刷物も焼却されたとされているが、著者の青山氏は、潜伏キリシタンの信仰の伝承において、このキリシタン版の書物を隠し持った可能性を示唆していた。

キリシタン版と潜伏キリシタンの信仰伝承の因果関係については、私は詳しく知らないのだけれども、もしドラードの印刷した本が、潜伏キリシタンの信仰のよすがとなったとするならば、キリシタン版は信徒発見までの信仰の伝承において運命的な役割を果たしたことになる。

長崎の教会群の世界遺産申請にあたり、禁教令下における信仰の伝承についての説明が必要とされていると聞いたが、日本には遺跡のようなものは何も残っていない。

ただキリシタン版の書物が残ったとするならば、それは数少ない信仰の遺産である。

日本で活版印刷を行うことにこだわったヴァリニャーノという人物の慧眼には驚くものを感じる。


現役で働いているカトリック信者の場合、自らの職業人としての職務の遂行が、神様の御心にかない、さらに主の御わざとなるはたらきであるようにと願う。
「医療」「介護」「教育」のような、人相手の仕事の場合、愛徳の行いを仕事に込めるということは実感が得られやすいように思う。
ところが「研究」「設計」「製造」のような、モノが相手の仕事だと、仕事と信仰が交わらないように感じることがあるかもしれない。

コンスタンチノ・ドラードは、そういう実業の世界に生きるカトリック信者にも、自らの使命を誠実に果たす中で、神様の御わざがはたらくことがあると示唆し、励ましてくれているようにも感じた。

コンスタンチノ・ドラードを道具とされた神様の御わざを想った。