晴佐久神父が、「福音の村ブログ」の最新記事でバチカンの教皇祭壇のことについて書かれていました。
ということでタイミングを合わせて、2010年6月の拙ブログのこの記事もタイアップして再更新します。(勝手にすみません)

ロダンもテーマにした、この「地獄の門」に、聖書において打ち勝つのが「岩(ペトロ)の上にあるわたし(キリスト)の教会」なんですよね。

サン・ピエトロ大聖堂をそのシンボルとして見ると何かとても印象深いです。
2014/7/7再更新
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

おもわぬことで西洋美術館を訪れてから、宗教画(宗教美術)の魅力にとりつかれてしまいました。
今まで知らないことが多すぎた。例えば、鳩が聖霊のシンボルとして描かれるとか知らなかった。
知らないことを知ると見方が変わりますね。
しばらく宗教美術の話が多くなると思いますが、よろしければおつきあいください。

というわけで、またもや西美の話になりますが、実は彫刻もインパクトがあったんです。
地獄の門 ロダンの「地獄の門」
「13-14世紀イタリアの詩人、ダンテ・アリギエーリ の叙事詩『神曲』地獄篇第3歌に登場する地獄への入口の門」を主題としたもの。
黒くぬめっと光るゴテゴテした塊が、ねじくれた人の姿だったりして、かなりおどろおどろしい。
残念な事に私はダンテの「神曲」を読んでいないので、ストーリーに思いをはせる事は出来ませんでしたが、造形を見るだけでもあまりのおどろおどろしさに心臓の鼓動が早くなりました。

神曲では「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」という言葉が銘文であるとのことですがどこかにあるのでしょうか?
探しましたがよくわかりませんでした。

仮にもしこの扉を開くとなにが見えるのか?
別の世界、地獄の世界がひろがるのか?
「ドラえもんのどこでもドア」のようですが怖いですね。

開いても見える情景が変わらなければ、それはそれで恐ろしい。
この世が地獄ということになりますからね。やっかいな彫刻です。
開かないように塊にはなっていると思いますが・・・

一目見たら、目に焼き付いてしまう。強い印象を残した彫刻でした。