カトリック教会の信徒が初対面のとき、洗礼の話で幼児洗礼(ボーンクリスチャン)という話になると「そうなんですか!ご両親のときからご家族みんなカトリック!熱心ですね。」という話によくなります。

日本では、カトリック信徒は総人口の0.4%ぐらいなので、結婚するときから夫婦ともカトリックというのは確率的には低いはずで、カトリック信徒がほとんどという国などよりは、ボーンクリスチャンはあまり多くないと思います。上記の会話もそんな事も背景にあるのでしょうね。

実は「ボーンクリスチャンは熱心」というのは錯覚があって「家族全員が信徒になるということはご両親のどちらかがそれだけ熱心だから→熱心な親から物心つかない時からカトリックとして育てられたならばきっと熱心なはず」という思い込みがはたらいています。

ところが、ボーンクリスチャンというのは自分で信仰を選んでいないものだから、精神的な格闘をしてないんですよね。
体でおぼえただけの信仰というか空気みたいなところがあって、いろんな事をきちんと消化できていない。
公教要理も子供のときだし、信仰を自分で育ててなければあいまいなところが多いんです。
親からもらったものを棄てるわけにもいかず、なんとなくしがみついている人、多いと思います。

ただ子供の時からの思い出とともに自分の信仰がありますから、教会の空気が変わる事にはものすごく敏感。
子供の時はこうじゃなかった!!ってね。

えっ「幼児洗礼で熱心な信徒の人もいる」ですって?
わたしのいうのはあくまで一般論です・・・すみません。

ところでボーンクリスチャンのこと「ボンクリ」っていうらしいですね。

えっ「お前はどうなんだ」ですって?
そうなんです。なんとなくカトリックにしがみついているほうの「ボンクリ」です・・・
ハンドルネーム「ボンクリ」にすればよかった(笑)

今年ももう終わろうとしています。
みなさん。よいお正月をお迎えください。