カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

2016年04月

赤羽教会



「ローマ典礼 ラテン語 特別形式歌ミサ」


2016年5月5日(木)

カトリック
被昇天聖母 赤羽教会(東京都北区)

13:40~ ロザリオ、告解

14:00頃~ 特別形式の香付き歌ミサ(主の御昇天の祝日、一級、白)
 


司式司祭: アウグスチヌス池田敏雄神父(聖パウロ修道会)


参加費:自由献金(今後の黙想会運営等に使用いたします)


主催:信徒有志黙想会(赤羽教会)


http://uvj.jp/mass/6727/

詳しくは
、ウナ・ヴォーチェジャパンのホームページをご参照ください。
また、赤羽教会への問い合わせはご遠慮ください。

今回の地震被害は大きく、大震災の様相を呈している。

様々な募金が行われ始めているが、それぞれに用途が違うので見極めながら複数の募金を行ったほうが良いようだ。

「義援金」という名前の募金は被災者に直接届くものになるらしい。

日本赤十字  だけでなく 熊本県  も募っている。
(※「熊本市」のサイトもあったがアクセス集中だろうか?繋がらなくなってるようだ。)

「支援金」という名前の募金は、災害被害にあった公共機関への寄付になるようで、
熊本市は、熊本城の修復再建目的の支援金を募っている。

現時点では、被災地域での救援活動に費用がかかるから、支援団体への寄付も、同時に行ったほうがいい。

カトリックの場合は、 カリタスジャパン がある。
収支報告の細かさではカトリック信者ではない方からも評価があると言われている。
カトリック福岡司教区  でも募金を募っている。熊本の教会のためにも募金が使われると思う。

このような事態を迎えての支援というのは、物的支援、経済的支援というものが、先ずは有効で効果的な支援だ。

こういうお金の話を主とするならば、
世の中の声の中には
「無理のない範囲で支援して普段通りの生活を続ければいい」
「自粛して経済活動が冷え込めば、結果的に被災地支援にならない」
という意見もある。

理屈に合っていて現実的な考え方だと思うが、自分本位な表現で、傷ついた被災者への共感、祈りの姿勢に乏しいような気がする。
「自分の普段通りの生活は変えたくない」という気持ちがストレートに表われているようでザラザラした感じだ。

もしかしたら 「被災地の人たちが悲惨な状況にあるなかで普段通りの生活を続ける」ことに対する「やましさ」から、募金額が増えるということもあるのかもしれないが、 多くの場合は 「無理のない範囲で支援して普段通りの生活を続ければいい」という姿勢ならば、人間とは弱い生き物だから 、日常的な空気感のなかでは 募金をしようと思う心の動きも鈍るのではないだろうか?

経済的に豊かな人は違うかもしれないが、庶民的には、 募金しようと思えば何かの支出を削ることにはなると思うし、そういう(募金に回す為に自分の事での)支出抑制は、あって当然である。

世間で言われる「自粛」の定義がよくわからないが、被災地被災者というかたまりではなく、傷ついた一人一人の人間の苦しみ悲しみに寄り添うためには、自分は傷つかずに経済の好循環によって支援の有効性だけを満たせば良いということではないような感じがする。

「やましさ」という心の動きも、被災者に対する心が疼きから生まれるものであるかもしれず、やはり被災者への同情や共感が出発点にあって事は動く。

心の疼きは祈りの起点だ。

キリスト教的には、被災者の為に祈り、犠牲を捧げる事は尊い。

マザーテレサの元で働いていた 片柳神父が次のようなメッセージを発している。

「祈りなど無駄だ」と言う人がいますが、そんなことはありません。相手の顔を思い浮かべ、相手の悲しみと苦しみを想像しながら必死に祈るとき、自分のすべきことが分かるからです。

祈りが、犠牲や行動を促すというメッセージである。

「祈りと共に行動する」あるいは「祈りながら行動する」
私はこちらの姿勢のほうが、被災者に対して誠実であり、素直な感じがする。


人間には、利己的な心と利他的な心があって、 この二つの心の間を日々、振り子のように 揺れ動く。

利他的な方に振れたときに始まる心の動きというのは、すでに祈りが始まっているということなのかもしれない。

やはり苦しむ人が多くいる今の状況では、振り子を利他的な気持ちの方にあえて振った方がいい。


熊本は、縁者がいる地、思い出がある地でもあるので、大きな震災の様相となりとてもつらい。

被災地の状況の映像はもとより、ボロボロになってしまった熊本城の映像が、今回の被害の凄まじさ、痛ましさを語っている。

熊本城の姿は、辛く悲しい。
 
http://news.yahoo.co.jp/story/151

何ができるかを見極めながら支援と祈りを続けていきたい。

コンスタンチノ・ドラードに興味を持ったので「活版印刷人 ドラードの生涯」という本を読んでいて先日読み終わった。

この本は天正少年使節やキリシタンの話を舞台にしながらも、著者の青山敦夫さんが印刷業界の第一線にいた方で、印刷学会から出版されているということもあって、視点の軸足が「活版印刷」にある。
キリシタンに関係する本としては異色の本かもしれない。

とはいえ、小説仕立てになっているのでストーリーがあるし、天正少年使節や当時の日本の教会についての描写は大変細かく、客観的に当時の日本の教会の状態を垣間見る感じがして引き込まれた。

日本におけるキリスト教の宣教は、浮き沈みがありながらも時の権力者によって翻弄され、信長死後は秀吉や家康によって弾圧迫害に向かうので、哀しみと苦しみ、暗さ重さを帯びている。

しかし、この活版印刷の物語は、キリシタンの環境の厳しさに反比例するかのように、1000部を超える大量の印刷物が次々に生み出されていった事実を語っていて、弾圧期の話でありながら一筋の光彩のような煌きがあった。

コンスタンチノ・ドラードは、子供の頃から家族を知らぬまま教会で育つ。
天正少年使節とともにヨーロッパに渡航するという数奇な運命をたどるが、福音宣教のための活版印刷の技術習得という自らに与えられたミッションを忠実に守り、誠実にその使命を果たした。
日本に於いて印刷、出版されたキリシタン版の印刷物は32点あったとされている。 

禁教令による弾圧がピークとなったとき、日本に伝わったキリスト教の信仰の遺産は徹底的に破壊させられるが、教会施設だけでなく、このグーテンベルク直系の3台の活版印刷機による印刷技術、印刷文化も免がれることはできなかった。
印刷機のうち1台だけはドラードと共にマカオに移ったが、残りの2台の印刷機も、活字1本ですらも日本には現存しない。

ドラードは、日本の活版印刷の消滅という現実の中で、自らの奉仕の成果を実感することなく生涯を終えたかもしれない。


しかし、多くのキリシタン版の印刷物が世界各地に残った。

日本に於いても、印刷機だけではなく印刷物も焼却されたとされているが、著者の青山氏は、潜伏キリシタンの信仰の伝承において、このキリシタン版の書物を隠し持った可能性を示唆していた。

キリシタン版と潜伏キリシタンの信仰伝承の因果関係については、私は詳しく知らないのだけれども、もしドラードの印刷した本が、潜伏キリシタンの信仰のよすがとなったとするならば、キリシタン版は信徒発見までの信仰の伝承において運命的な役割を果たしたことになる。

長崎の教会群の世界遺産申請にあたり、禁教令下における信仰の伝承についての説明が必要とされていると聞いたが、日本には遺跡のようなものは何も残っていない。

ただキリシタン版の書物が残ったとするならば、それは数少ない信仰の遺産である。

日本で活版印刷を行うことにこだわったヴァリニャーノという人物の慧眼には驚くものを感じる。


現役で働いているカトリック信者の場合、自らの職業人としての職務の遂行が、神様の御心にかない、さらに主の御わざとなるはたらきであるようにと願う。
「医療」「介護」「教育」のような、人相手の仕事の場合、愛徳の行いを仕事に込めるということは実感が得られやすいように思う。
ところが「研究」「設計」「製造」のような、モノが相手の仕事だと、仕事と信仰が交わらないように感じることがあるかもしれない。

コンスタンチノ・ドラードは、そういう実業の世界に生きるカトリック信者にも、自らの使命を誠実に果たす中で、神様の御わざがはたらくことがあると示唆し、励ましてくれているようにも感じた。

コンスタンチノ・ドラードを道具とされた神様の御わざを想った。


ブログは、テンポよく定期的に更新したいと思うのだが、なかなか上手くいかない時がある。

ブログのカテゴリーを意識してカトリックに関係するテーマを起しているが、私の個人的な興味関心だけではなく、巷の話題のなかからも テーマを見つけたいと思い意識を向けているのだが、それほど多くはない。

フランシスコ教皇のニュースか、あるいは日本史のなかでのキリシタンの話ならば、書籍の話題で少しあるというぐらいの感じだ。

やはり日本の歴史に於いて、西洋社会と初めて触れ合った時代がキリシタンの時代でもあったということで、日本ではそういう歴史の物語や記録に関心を持つ人が、ある程度はいるのだろう。

弾圧迫害の歴史も教会の歴史で、その歴史が日本の教会の精神的な土台となっているし、現代の日本社会で生きるカトリックではないの関心との接点でもある。


ただ
ブログの定期的な更新に対し、書籍の話題というのは読むスピードが間に合わない。

また、こういうテーマがそこそこあるからと言って、私がこの話題を活かせるとも限らない。
ブログの下書き欄には、こういう書きかけのお蔵入りとなった内容が死屍累々と並んでいるのである。

せっかく書いたのに。もったいない・・・

どうしてもそう思ってしまうが、こういうお蔵入り文章をいじくってみてもやはり内容がまとまらず 、こういう時は思い切って見切りをつけて出発点に戻って書き直したほうが良いようだ。


というようなことを思っていたら
、シドッチ神父の遺骨発見の ニュースを知った。

日本と西洋社会との接点において歴史上の象徴的な人物でもあり、教会にとっては大切な殉教者の遺骨である。

殉教者の遺骨というのは教会にとって目に見える「隅の親石」みたいな存在ではなかろうか?。

学術調査の継続や、以後の埋葬の事もある。
日本のカトリック教会は主体的に関わって欲しいと願う。



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