カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

2016年03月

ネットでいろいろなブログを読むと、私の福音の理解の浅さを知ってしまって、なかなかブログの更新ができなくなってしまうことがある。

私の場合、年月がいくら過ぎても教理の理解は深まっておらず、右脳で直感的に神様の愛を欲しいと求めているばかり。
情けないが、ため息をつきながらも、人それぞれだから仕方がないとも思う。

ところで今年の聖週間は、仕事の都合や、家族の予定もあって「枝の主日」「復活徹夜祭」「復活の主日」の3つミサを、それぞれ違う教会で与る事になった。

普段は仕事が忙しくても、多少家族の用事があっても、日曜のミサぐらいならば所属教会のミサに与れるのだが、今年の聖週間では所属教会のミサは「復活の主日」のみ。

「枝の主日」と「復活徹夜祭」のほうは、慌ただしい自分の予定とミサの時間の整合で、どこの教会のミサに与れるかがだいたい見えてくるので、とにかく為すがままに出向く。

しかし偶然といえば偶然だが、両方とも大きな御恵みを感じるミサになった。

特に「復活徹夜祭」ミサの方は、驚くことにラテン語のキリアーレになる「天使ミサ」だった!

加えて
「告解」もできて
洗礼式があるので「諸聖人の連願」もあり
「香ミサ」でもあり
「灌水」もあった。

ここまでくると、関西にいる私にとっては、普段ではあり得ないミサだったと思う。

また所属教会の復活主日ミサも良かった。
おそらくどこのカトリック教会でも歌われる、典礼聖歌の「復活の続唱」はとてもいい。
しかし聖体拝領の聖歌が、カトリック聖歌の「ひせきにこもりて」だったことは、そういうレベルではない良さがあった。

「ひせきにこもりて」の記憶は子供の頃まで遡ってしまう。
私の場合、カトリック聖歌を完全に排除してしまった小教区の所属ばかりが続きしかも長過ぎた。
そういうカトリック聖歌を歌わない小教区を離れて、いまの小教区に移ったのは間違っていなかった。
「永遠になつかしきなぐさめ主よ」という歌詞のままに懐かしく、本当に癒しと慰めを感じる。 

カトリック聖歌を排除するというのは、いったいどういう意味があったのかは全くわからないが、こうして「ひせきにこもりて」を一曲を歌うだけで、カトリック聖歌の存在理由を見いだせるように私は思った。
  
もっともこのカトリック聖歌排斥教会が排除していたのは、カトリック聖歌集だけでなく、あれもこれも排除されていたから、そういう私には合わない刷新系の教会だった。
なにしろ主聖堂に聖櫃が無いんだから・・・

気持ちが高揚し高まるなかで、「私の与える水を飲む者はいつまでも渇きを知らないだろう(ヨハネ4ー14)」という聖句が思い浮かんだ。
 
感覚的な感じる信仰でしかない私の拙く貧しい信仰に対しても、神様は憐れんでくださり慰めを与えてくださった。

今回は、何か目に見えない力に誘われたような不思議な気持ちでいる。 

グーテンベルク42行聖書を起点に、活版印刷やコンスタンチノ・ドラードをブログのテーマにしたからか、再び、キリシタンの時代に関心が向き始めている。

コンスタンチノ・ドラードについてもう少し詳しく知りたいと思って、amazonで関連する書籍を注文して届くのを待っているが、ついでに以前どこかで書評を読んで気になっていた「みんな彗星を見ていた」という星野博美さんの本も電子ブックで注文した。

というか、こちらは電子ブックなので注文と同時に直ぐ届く。

「直ぐ手に入る」「持ち運びで荷物にならない」「安い」というメリットとともに「場所をとらない」というメリットもあって、もう限界に近い本棚の状態を思えば、電子ブックで買える本はそちらのほうに変えていったほうが良いと思い始めている。

しかし電子ブックは良いことばかりではない。
どこまで読んだかがわかりにくく、全体像をつかみにくいのである。

加えて、技術的なアプローチでは解決しそうにない問題もある。
質感というか、手触り感だ。

「本を読む」作法としては、
タブレットの表示面が紙の手触りと比べるとやはり硬いので、ページをめくるときに、温かみが無いのである。
本を読むという行為に刷り込まれた人間の感覚は、そうそう簡単には切り換わらないのだろう。

「みんな彗星を見ていた」は、本の内容との相性を思えば、手触り感的に普通の書籍のほうが合っていた。
しかし、こういう事は、読み終わらないとわからないから仕方がない・・・


この本が気になったのは「私的キリシタン探訪記」というサブタイトルに興味を持ったからだ。

私は幼児洗礼で、物心ついた時には既にカトリックになっていたので、大人になってからキリシタンやカトリックに関心を持つ人に興味があるのである。

この本は、著者の人生での様々な経験、出会いを語りながら、次第にキリシタンの物語に好奇心を持つプロセスが語られている。

星野博美さんの本はいままで読んだ事はなかったが、自分の体験談を織り交ぜながらグイグイ読者を引き込んでくる。
「私的」な体験談については軽妙な語り口と言ってもよく、スイスイ読み進めることができる魅力的な文章である。

星野さんは、子供の頃にNHKのある大河ドラマを見て天正少年使節を知り、そのことが記憶に残っていたらしい。
不思議なことに、2008年に偶然に187殉教者列福式のポスターを
見かけて、その列福者リストに中浦ジュリアンの名前を見つけた。
その時に天正少年使節の記憶が蘇って、キリシタンへの興味が膨らんだようだ。

天正少年使節が秀吉の前で弾いたと言われるリュートという古楽器を、実際に習ってあの時代を感じようとするところが星野さんの持ち味だろう。
私自身も特別形式ミサ(トリエント・ミサ)に与る心境の一つに、キリシタン時代のミサとの同一性を体感したいという気持ちがあるので少し似ているような感じがした。

しかし星野さんの探究心は、NHKの大河ドラマで描かれるような、安心できる宣教師像で終わらない。

苛酷な弾圧にさらされ殉教する宣教師の姿にも真っ直ぐに目を向けていく。
キリシタン史は情報量の多さからイエズス会の視点になりやすいが、この本ではどちらかといえば托鉢修道会からの視点に立っていて、ドミニコ会の宣教師の事など新たに知る事実も多かった。

私は、若い時に読んだ遠藤周作さんの「沈黙」の影響かもしれないが、棄教者の惨めさや哀しみに自己同化してしまって、殉教者については、自分とは違うレベルの超人的な存在に感じてしまって、自分とは切り離して見てしまうクセがなんとなく残っていたのかもしれない。

しかしこの本を読むと、殉教者も人生の旅路を歩む私と同じ一人の人間である事に(当たり前の事なのだが)あらためて気づかされる。

星野さんは「この時代に犠牲になったのは、列聖者42人 列福者393人 記録の残る殉教者約4000人 充分な記録のない殉教者は4万人である。」と書いたうえで、「ヴァチカンの列聖とは、『あなたの存在を忘れない』という執念、つきつめれば『記憶する』という一点に行き着く」という見方をする。

そして殉教した宣教師の前半生をさらに知るためスペインの片田舎の出生地にまで出かけて行くのである。

知りたいという気持ち、記憶に残したいという気持ち、誰かに事実を伝えたいという気持ちも、一つの愛の姿であると教えてくれているようにも感じた。

amazonのユーザーレビューは、11名の投稿者全員が五つ星になっている。

同じく私にとってもとても印象に残った本だった。

グーテンベルクの発明した活版印刷によって42行聖書が作られてから、およそ一世紀半後には、日本にも活版印刷機がもたらされている。

アレッサンドロ・ヴァリニャーノ巡察師のインド副王使節としての再来日(1590年)の時だ。

島原の加津佐のコレジオに持ち込まれるが、その後コレジオの移動に伴って天草、長崎と転々と移される。
その間に、ローマ字だけではなく、日本語の漢字やひらがなカタカナの印字による印刷も行われている。

キリシタン版と呼ばれている。

グーテンベルクも、自らが発明した活版印刷がヨーロッパから見れば世界の果てのような)日本で、150〜160年ぐらい後に行われるとは 思わなかっただろう。  

有名な「どちりなきりしたん」も、この活版印刷機によって印刷された。
「どちりなきりしたん」は、今の時代で言うところの、公教要理、カテキズムということになるのだと思うが、ちょうど日本では関ヶ原の合戦があったような時代に、活版印刷機をカチャカチャさせながら公教要理を印刷している情景があったということになる。

活版印刷は、文字の組み直しが出来るメリットがあるが、漢字の文字数が多くあり「ひらがな」が混ざる日本語の特性には合わなかったと言われる。

しかし「どちりなきりしたん」の画像をチラリと見るかぎりでは、いくぶん「かな」のほうが多い文章のように見えるものの綺麗に文字が整い繋がっていてぎこちない感じはしない。

しかしながら残念な事に、この活版印刷機は長崎からマカオに移されてしまい、活版印刷の技術そのものが日本から消えてしまった。

その後、再び
活版印刷が行われるのは、明治維新以降になる。

マカオに移された原因は、徳川幕府の慶長の禁教令によって、長崎の教会施設が全て破壊されたためだ。

日本におけるキリスト教信仰と全く同じ運命を辿った、活版印刷という印刷技法に、なにか不思議な親近感、愛着を感じてしまった。

キリシタン版については、信州大学で熱心な研究をしている方がいる。
講演の機会があるようならば、一度是非、講演を聞いてみたい。


ところで、このキリシタン版の活版印刷については、コンスタンチノ・ドラード(日本人名称不詳)という人物が、大きく関わっている。

コンスタンチノは、孤児であったが、なんとポルトガル語に長けていた。

イエズス会の同宿となり、天正遣欧少年使節の従者としてヨーロッパに行くことになる。

彼に与えられた遣欧におけるミッションは、従者としての勤めだけではなかった。
もう一つの使命は、活版印刷の技術習得だった・・・

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