カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

2014年12月

今年は秋から冬にかけて、私にとっての二つの重要なミサ(UVJ主催の京都での特別形式ミサと、東京カテドラル厳司教ミサ )に与ることが出来たのだが、その後に、なんと関西で(UVJのような信心会主催ではない) テン語ミサが2回もあり、過去に経験したことのない極めて密度の濃い充実した期間になった。

東京の若葉修道院のUVJミサにも複数回行ったから、10月から12月の3ヶ月で5〜6回もラテン語ミサに与かったことになる。

年に1回だけ東京カテドラルの荘厳司教ミサに与って「次は来年かあ。かなり先だなあ・・・」と思った年もあったが、そういう風に思ったのは、たかだか4〜5年前の筈で、環境変化にあらためて驚く。

2011年からUVJのラテン語特別形式ミサが、毎月、四谷で行なわれ始めた事で、ラテン語ミサのボリュームが一気に膨らんだ。

自発教令スンモール・ポンティフィクムによってラテン語特別形式ミサの有効性が再確認されているし、東京教区からも認められているので、今では憚ることなくラテン語特別形式ミサに与れる。 

ありがたい・・・

しかし話を伺うと、ミサの回数が多いのも、それはそれで大変らしい。
奉仕するメンバーが足りないのである。

せっかくミサの参加者は増えているよい状況にあるのだが、主催者が疲弊してしまっては先行きが心配・・・
「いつ出来なくなっても不思議ではない・・・」という話も聞く。
奉仕する人がいなければ、ミサは続けられない。

特別形式ミサは、祭壇の設営やかたずけに手間がかかるので、そういう事でも、もし、お気軽に手を貸していただけたら大変ありがたい。

私は関西在住者でどうしても若葉修道院のこのミサに与る回数は限られてしまうので、特に首都圏の方に、ウナ・ヴォーチェジャパンと「明の星の聖母の集い」に、是非ご支援をお願いしたい。


年に一度か二度あるかないかという、「ラテン語ミサ砂漠」にいる関西在住者にしてみれば、定例開催出来ている東京の状況は大変うらやましい。

なんとか関西でも開催出来るようにしたいが、日本で定例開催ができている東京の状態の有無で、関西やその他の地域での開催の可能性もかなり異なってくる。

「フラッグを支えよ」という感じだろうか・・・


ラテン語特別形式ミサは、もはや回顧する対象でも、ましてや排斥する対象ではない。
今のような日本のカトリック教会の状況では、ミサを豊かなものにするための価値のある新たな学びの対象として、特に必要な事だと思う。

また、私にとっては、一度二度体験すればそれで充分というものではなく、もはや信仰を保つためには欠かせないものになってきている。

新年を迎えるタイミングでもあり、 自分自身に「 絶対絶えさせない」と、ある意味、熱情を持って言い聞かせこのブログを書いている・・・


今週末、関西でラテン語ミサがあります。

ラテン語通常形式の歌ミサ。
説教と共同祈願以外はラテン語です。

通常文聖歌は、天使ミサ曲
クレドは3番です。


▪️日時   12月21日  14時から (今週末日曜日)

▪️場所   カトリック金剛教会

金剛教会は、「会場の提供」という事かもしれませんので、金剛教会への電話等での確認は、控えていただいた方が良いと思います。

カトリック新聞でも告知されたようです。
公開情報ですので、拙ブログでもお知らせし情報を広めたいと思います。

関西は、東京教区とは異なり、ラテン語ミサはかなり機会が限られてます。
どうぞお見逃しなく!


クリスマスが近づくと、イルミネーションで街の雰囲気がグッと華やいでいるが、神戸のルミナリエで、光源をLEDから白熱電球に戻したというニュースを知って 「ええっ〜!」と思った。

ルミナリエが、阪神大震災の鎮魂と慰霊のシンボルになっていることは充分に知っているので行事そのものに異をとなえるつもりは全くない。

しかし白熱電球というのは、家庭用の電球で考えれば、電力消費量は LEDの10倍もある。

もはや白熱電球は、電力浪費のシンボルのような存在で、日本のメーカーは製造停止しようとしているようなシロモノ。

いまさらなぜ、そんな白熱電球を使用するのか?

温かみのある電球色のLED電球があるわけだから、LEDでは表現できないとは思えない。

白熱電球とLEDの微妙な温かみ表現の違いに拘ったということだろうか?
もしその程度の拘りならば、あまりにも自己本位な拘りではないのか?

些細な拘りで、阪神大震災の鎮魂慰霊のイベントが、東北大震災の福島の被災者の気持ちを逆撫でするようなものになってはならないと思うのだが・・・

くしくも、日本人の三人の博士が、青色LEDの発明でノーベル賞を受賞した年。
なんとも時代錯誤でセンスが悪い話ではないか。

LEDのような省エネルギーの光源こそ、ルミナリエにふさわしいと私は思う。

できれば来年は再考してLEDに戻してほしい。



というようなことを上記のニュースで感じたわけだが、この節電の話は、脱原発、原発再稼働の是非の問題に結びつくトピックかもしれない。

日本を代表する企業であるトヨタが過去最高益となっているような円安状況にもかかわらず、国としての貿易収支が赤字になっている。
原発の稼働停止によって化石燃料への依存率が高まっていることがかなり影響しているらしい。

製造加工業による製品輸出を主軸にした貿易立国である日本国が、国際競争の上で輸出に有利な円安でも貿易収支が赤字になってしまう。
これは国のなりわいというか国家の事業構造の根幹を揺るがす大問題のような気がする。

原発の停止
の問題というのが、いまようやく実感としてわかってきたような・・・


やはり資源が無い日本では、
原子力に依存しなければ、ならないのだろうか?

しかしそういう年に、青色LEDノーベル受賞があり、トヨタ自動車が燃料電池車の発売を発表したというのも、何か象徴的な出来事のような気もする。

「燃料電池の燃料である水素は、太陽光発電などの再生可能エネルギーを蓄えるうえで有力な手段となる」という話もあるらしい。

本来は、原子力にも化石燃料に依存しない社会が理想だ。

理想を見誤らないようにする政策が重要な気もする。

理想か?現実か?
というところだが、現実をおさえつつもやはり理想にむけたステップがほしい。

素人である私でも、明日の総選挙を前にして、こんなことを思った。


もっとも、それ以前の基本的な問題として国の財政赤字の問題は選挙における選択肢のうえでの大前提である。
選挙の時だけ甘い話をして、後から
国民に対し、更なる増税や年金カットで負担増を強いるようなことをする政党は困る。
私は財政赤字に取組む姿勢が真剣な政党、候補者を応援しようと思う。

クリスマスが近づいている。

街に出れば、イルミネーションが美しい。

クリスマスの飾り付けといえば、クリスマスツリーやクリスマスリースだが、徐々にではあるが、街中でのクリスマスツリーが目立たなくなっているような気がする。

どちらかといえば、イルミネーションが主役になってきているのかも。

もっとも街路樹のイルミネーションは、クリスマスツリーに見立てることはできるけれども・・・

クリスチャンが人口の1%の国だから、キリスト降誕を祝うという意味はなかなか定着せず、風俗風習として、イルミネーションとクリスマスツリーとサンタクロースが定着しているということなのだろう。


毎年、我が家でも、アドベントではクリスマスツリーとリースで飾りクリスマスを迎えてきた。

今年から、本来のクリスマスの意味に近いプレセピオ(キリスト降誕の馬小屋模型)も加え飾る事にした。

ヨーロッパのカトリック諸国では、プレセピオを飾るのが一般的らしい。

素朴でなかなかいい感じでしょう!

プレセピオ





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