カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

2014年06月


ちょっと重い話題になりすぎたので今週は二本立て。

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ワールドカップが終わりました。

あっ終わってないか!

日本代表にとってのワールドカップが終わりました。


本田選手

「本当に無念の一言というか。それを招いたのはもちろん自分自身なので。すべてを受け入れる必要があると思います」

「非常に悔しいですけど、これが現実ですし、『優勝』とまで言って、この散々な結果ですから…。自分たちが未熟過ぎた結果なわけですから。今はすべてを受け入れて、今後どうしていくか。少し時間をかけたいなというふうに思います」

「もっとね、希望や夢を最後まで見せたかったのですけど、本当に口だけで終わってしまって、非常に残念に思っています。申し訳ないと思っています」


残念さ悔しさが本当に伝わってきます。
本田選手をはじめ、全ての日本代表選手の健闘を讃えたいと思います!!



ザック監督

「責任は全て私にある」「何かがこのチームに足りないのだろう。足りないものを新しい監督が、新しい文化を持ってきて埋める。そういう時期が来た」

「新しい監督が新しい文化を持ってくる。ゲームの中で自分たちに不利な出来事が起きても左右されず、継続してプレーを出していけるように」

「この素晴らしいチームの監督で誇りに思う。4年間の仕事に感謝している。もう一度メンバーが選べるとしても同じメンバーとスタッフを選んだ」

「選手たちに感謝しないといけない。私の信念を感じて実行に移してくれた。少しずつだが彼らの継続的な成長が見られた」

と言い訳を一切せず、感謝の意を述べた。



こういうコメントを残して去っていくというのが、もう本当に本当に本当にカッコイイ!!ですよね。

芸能界の人を想定して「理想の上司は誰?」なんていうアンケートがよくありますが、

この監督コメントを読んだだけで、私は「ザック!」と答えてしまいそうですねえ・・・

敗れてもドラマ。

ザック監督に感謝です!!!

とても重い気持ちにさせられるニュースを読みました。

新型出生前検査が導入された結果、染色体異常の疑いがある陽性判定者がさらに羊水検査で確定された場合、97%の割合で人工妊娠中絶が行われたという記事です。

この検査。

出産前の妊婦、若い夫婦を、精神的にかなり追いつめる検査になってないでしょうか?

生まれてくる子供の人権を考えれば、生命倫理の問題だからです。

カトリックの場合は、診断結果によって中絶することは大きな罪であり認められず、カトリック信者の夫婦の場合はその信仰によって、この新型出生前検査の受診を辞退するケースが増えていくと思います。


カトリック中央協議会ホームページを見てみました。

おしらせ欄に、日本カトリック正義と平和協議会が集団自衛権行使容認の事で安倍内閣に反対の意見書を送った記事がトップになってます。

あいかわらず日本のカトリック教会の司教様方は、日本の社会問題に対しては、脱原発や憲法改正反対に熱心なご様子。

しかし残念ながら、この新型出生前検査導入に伴う人工妊娠中絶の問題については、中央協議会ホームページのおしらせ欄には見当たらない。

私は、こういう命の問題こそ、意見表明が必要だと思う。

社会が教会(カトリックに限らず宗教界)に対して意見を求めているのは、このような問題に対してではないのか。

「集団自衛権行使容認に反対」しておきながら「新型出生前検査導入に伴う人工妊娠中絶問題」に対し沈黙していたのでは、教会の姿勢としてあまりにも空しいんじゃないか?

私は、カトリック中央協議会ホームページのこういうバランスの悪さが大変気になり、この事でも気持ちが塞がります。

まだ声明がでていないのはタイムラグ?

そうであってほしいと思います。

国立国会図書館のホームページに「近代デジタルライブラリー」というのがあって、インターネット閲覧ができるのですが、1909年版(明治42年版)の公教会祈祷文が公開されてます。

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/899649
jpegOutput
jpegOutput2

公教会祈祷文も版によって微妙に差違がありますが、おそらくこのデジタルライブラリーの1909年版は、持っているところが持っているところだけに、残っているものでは最古なんじゃないでしょうか?

内容的には、私の持つ公教会祈祷文に載っている「聖体降福式のときの賛美」の祈りがありません。

おそらく公教会祈祷文は版を重ねるごとに少しづつ充実させてきたのしょう。

中身の充実度合いということでは、1909年版は少し古すぎ?ますね。


例にあげた「聖体降福式のときの賛美」ですが、この祈りはベネディクションのときに先唱と答唱で交互に唱える祈りです。

天主は、賛美せられさせ給え。
天主の御名は、賛美せられさせ給え。
まことの天主、まことの人なるイエズス・キリストは、賛美せられさせ給え。
イエズスの御名は、賛美せられさせ給え。
イエズスの至聖なる聖心は、賛美せられさせ給え。
イエズスのいと尊き御血は、賛美せられさせ給え。
いと尊き聖体の秘蹟にましまし給うイエズスは賛美せられさせ給え。

以下略

「ましまし給う」「せられさせたまえ」のところが言いにくい。

しかし噛まずにスラスラ言えるようになると、歯切れがよく何かキリッとした感じやリズム感もあって、気持ちが高揚していきます。

やはり、言葉に力強さがある。

ラテン語の訳文でしょうか? そうだとすると訳者はどなたなんでしょう。

そういうことがよくわかっていないのですが「公教会祈祷文」の昔の祈りは、やはり言葉の質が高い。

和歌や俳句でもそうですが、メッセージを純化させたり、情感を高めさせるために言葉を吟味する文化が、日本にはあると思いますが「公教会祈祷文」を創った人にも、そういうセンスを感じます。

公教会祈祷文は、古本でもかなり値段が高騰してしまって、気軽に入手できなくなってしまいました。

ネットのホームページで、アップロードしてくれてる方がいますので、ネットで読む事ができます。

Google検索「公教会祈祷文」ですぐ見つかります。

アップロード感謝です!

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追記

読みやすさの改善と、気分転換も兼ねてブログのテンプレートを変えてみました。

明治初期の日本でのキリスト教宣教についてですが、ある小冊子の「浦上四番崩れ」についての寄稿を読んで、今回あらためて私の認識不足を実感しました。

キリシタン弾圧については、徳川幕府による弾圧のイメージが強かったのですが、「浦上四番崩れ」については明治新政府になってからの弾圧で、それも江戸時代初期の頃の迫害にも匹敵する非常に厳しいものであったんですね。

昨年のNHK大河ドラマ「八重の桜」では、戊辰戦争後の京都にあっさりとキリスト教の宣教師が登場して、まるで明治維新とともにキリシタン禁教令は解除されていたかのようなドラマ展開でしたが、実は1867年(慶応3年)から1873年(明治6年)までの7年の間に、長崎浦上の潜伏キリシタンは拷問も含めた大変な迫害を受けています。
維新後も日本のキリスト教にとっては、少なくとも明治6年までは暗黒の時代です。

ウィキペでも「浦上四番崩れ」について調べ読んだのですが、その解説文のなかに「親の前でその子供を拷問するなど」という一文を見つけてしまい、その一文だけで、もうかなり気持ちが滅入りました・・・

キリシタン弾圧迫害の話はやはり恐ろしく、臆病な私は心が疲弊してしまう。

私は、日本の文化や、各地域に残る日本人の気質の良さに、親しみや誇りを持ちますが、歴史を振り返れば、認めたくなくても認めざるを得ない事実があるわけです。
負の記録であっても直視して語り継いでいかないといけない。

キリシタン弾圧については、私は虐げられた側の人間なので特にそう思います。


そのほとんどが弾圧の歴史である長崎のキリシタンの歴史ですが「浦上四番崩れ」は、それまでが密告による摘発だったのに対し、信徒が自ら寺請制度を拒絶するかたちでキリスト教信仰を表明した事が過去と異なっていました。

やはりその前に1865年の信徒発見(居留地の外国人用に建てられた大浦天主堂に、隠れキリシタンの信徒が表れた事実)がありますから、「『浦上四番崩れ』は『信徒発見』を起点に事件が始まった」とも言えるような気がします。

多くの犠牲者をうみながらも、弾圧された浦上信徒は強靭な信仰を示しましたが、浦上信徒にしてみれば、やはり隠れながら細々とつないできた先祖からの教えが、現実に聖堂の姿、御像の姿で「しるし」のように出現し、幻想でも虚構でもない「神の国」が出現したような、そんな気持ちがあったのかもしれません。

キリシタン禁制の高札撤去とともに全国各地に配流されていた信徒は浦上に戻り、1879年に浦上教会を建てたようです。

浦上信徒にとっては、禁教令前は別として、250年を越える禁教の歴史を乗り越え、ついにとうとう自分たちのための「最初の教会」を築いたということになるんじゃないでしょうか。

長い間、大浦天主堂がカテドラルだと私は勘違いしてましたが、歴史を知る事で、浦上教会が長崎カテドラルであるという意味が、今回ようやくわかったような気がしました。

「悪魔は一生に1〜2度ではなく、一日に何回も訪れる。」ということを晴佐久神父が「福音の村」ブログで言われていた記憶があります。

悪魔はグロテスクな化物の姿で描かれる場合が多くて、もうこれは脳にビジュアルイメージが刷り込まれてしまっていますが、もし晴佐久神父が言われるように毎日現れているのだとすると、化物の姿というのは無理があります。

マタイ福音書第4章に登場する悪魔も「誘惑者」としての存在。

むしろ化物のビジュアルイメージを払拭したほうが、悪魔の存在をリアルに感じる事ができるのかもしれません。

ファウストの前に現れた悪魔メフェストフェレスは「魂をもらう代わりに、この世の人生での願いをかなえる」という条件をだします。

毎日我々の前に現れる「悪魔??」は、そこまでドラマティックな条件をだしてきてはいないような・・・

いくらなんでも「まるごと魂をくれ」と要求されたらお断り。

しかし悪魔のささやきによって、門前のラザロを見棄てるような事はゴマンとしてきたような気がします。

そもそもいったい悪魔とは何なのか?

利他的な心の対極。動物的で利己的な自己防衛本能や生存本能でしょうか?

利己的遺伝子という見方があるようです。

利己的遺伝子に常に行動が支配されていくとするならば、魂が薄まるような、神から離れていくような感じがする。

「悪魔と取引をして魂を失う」というのは案外リアリティがあるようにも思います。

一度に失うのではなく、少しづつ削り取るように魂が失われていくとしたら怖いですね。

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