カトリの日記

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。
キリシタンの時代から現代にいたるまでの「カトリックの日本人」についての記録や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
「伝統の断絶」と「政治指向」による躓きがある現在の日本のカトリック教会においては、ラテン語ミサの復興と普及が必要と考え、その実施に参加しています。

2013年12月

そろそろこの一年を終えようとしていますので振り返ってみようと思いますが、それなりにやはりいろいろあった一年でした。

カトリック的には、やはり教皇の交代。
寂しさと期待感が交錯した一年。

拙ブログもアレコレと興味のおもむくままに書き連ねてきましたが、印象に残ったことをピックアップしていくと
「晴佐久神父」「生きてきたように死んで行く」のあたりが、特に気持ちが盛上がっていたような気がします。

いただいたコメントで教えていただくことも、かなりありました。
いろいろなコメント。どうも大変ありがとうございました。

しかし自分のブログを客観視するとアラが目立つ。
少しつかみどころがなくなってきたというか・・・

例えば、どちらかといえばあまり型にはまらないタイプの晴佐久神父がテーマアップされていたかと思えば、今度は伝統的な典礼についてのテーマが続いていたりするわけです。

少し方向性がわかりにくいものになっているのかもしれません。

ネットでは、カトリックについてのブログもいろいろありますが、知見の豊かさやピュアな信仰心が溢れ出ているようなブログに出合うと、拙ブログの存在意義を自分でも疑問に思い始めたり・・・

このブログも4年半ほど続きましたが、そろそろ潮時かもしれないなんてこともやはり思います。


ところで話は変わりますが、
昨夜、一日早く「聖家族の祝日」ミサに与ったのですが、フィリピン人の神父様のとてもいい説教を聞くことができました。

現代においては「家族」というものが危機に瀕している。
「聖家族」が大切にしてきた教会の教えを再認識する必要がある。
わかりやすい放蕩息子のたとえ話も「個人の欲望」→「家族を放棄」→「絶望」→「家族に立帰る」話でもある・・・


ミサの前後が慌ただしくて、少しボーとして聞いていて、このくらいのエッセンスしか頭に残っていないのですが、年末にいい話が聞けて良かった!

最近のカトリック教会では「貧困」がキーワードのような感じがしますが、先進国でも途上国でも「貧困」の問題は、家族と離れたり切り離されたりした状態で、より深刻な問題になるような気がします。
「貧困」は「家族」の問題でもあるのかもしれません。

私が晴佐久神父が好きなのも、「家族愛」が話の軸にあることが多いからなんですよね。
福音の村(http://www.fukuinnomura.com/?page_id=4992)の説教で「教会家族でお葬式」という話が、あったんですが、この話は本当にいい話だった。

またまた話が変わりますが
そういえば、晴佐久神父のネット講話「俗の中の聖」という話も印象に残りました。

形あるものにこだわりすぎる自分自身の信仰に「俗っぽさを垣間みる」ような気がする事もあるのですが、暗愚で俗な信仰ではダメだとはどうしても思えない。

「大聖堂のステンドグラスを仰ぎ見るような中世の農奴の信仰でいい!!」
もう開き直り・・・(笑)

そういうことで、アレコレと話があちこちに跳びながら、本年のブログはこの回で終了させていただきます。

お読みいただいている皆様、どうぞ良いお正月をお過ごしください。

子供の時に年配の方から「昔のミサは司祭が立つ時の向きが逆で、ラテン語だった」という話を、幾度となく聞かされてました。

それがトリエント・ミサ。

日本のカトリック信徒にとっては、やはり「昔のミサ」「第2バチカン公会議以前に行われていたミサ」という感じ。

お年寄りを除いて、現代の日本のほとんどのカトリック信徒にとっては過去の未経験のミサで、私も好奇心は感じてましたが、消滅してしまったものとして、それ以上あえて詳しく知ろうとも思いませんでした。

トリエント・ミサという名称も知らなかった。

そんな私が、トリエント・ミサを知ったのは、5〜6年ぐらい前のインターネットの動画です。

「昔のミサ」と思っていたミサは、なんと現在でも行われていた・・・

受け入れがたい変なアレンジミサ(バンドミサ)に遭遇して、教会のミサから気持ちが離れてしまい行かなくなっていた頃でしたので、強烈な衝撃でした。

この話は拙ブログでも「バンドミサで離れトリエントミサで立ち帰る」というタイトルで以前も書きましたが、聖書のたとえ話の「放蕩息子」だった私が、再びカトリックに導かれたのはこのトリエント・ミサの動画のおかげでもあります。


ただしトリエント・ミサの動画と共に制作者の聖ピオ十世会をも知ったわけですが、この聖ピオ十世会は「通常のミサ」(第2バチカン公会議後のミサ)を拒んでいる。
そのため、聖ピオ十世会はバチカンの未認可修道会であり、現状ではこの聖ピオ十世会がミサを行う事も、この団体のミサにカトリック信者が出席することも、認められていないという状況にあります。
本ブログを読んでおられるカトリック信者の方は、どうぞこの点はご注意ください。

しかし聖ピオ十世会は認められていなくともトリエント・ミサそのものは、バチカンから現在においても有効な典礼として「廃止することは絶対にできない(前教皇ベネディクト16世)」とされていることも知りました。

トリエント・ミサについては、前々教皇の福者ヨハネパウロ2世 前教皇ベネディクト16世によって、1980年代半ばから、4回にわたって自発教令などがだされているのです。

自発教令「スンモール・ポンティフィクム」
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message243.htm
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message242.htm

訓令「ウニベルセ・エクレジエ」(暫定参考版)
http://uvj.jp/wp-content/uploads/Universae-Ecclesiae-JA.pdf

が特に詳しい。

この二つの文章を読むと、(難しい文章で私なりの大ざっぱな理解ですが)
この伝統的ミサの在り方が、詳細かつ具体的に定められていてちょっと驚くほどでした。

いろいろ印象に残る文章 私なりに感じた大切なポイントがかなりあります。

例えば「二つの祈りの法(典礼)であり『通常形式』『特別形式』と位置づけられる」という事。

16世紀のトリエント公会議でピオ5世が発布したことに由来するため「トリエント・ミサ」と俗称されていますが「トリエント・ミサ」という言い方は正しくなく「特別形式ミサ」と呼ぶのが正しいということがわかりました。
あいまいな記憶ですが、前教皇ベネディクト16世は「『トリエント・ミサ』という呼び名のミサは存在しない」と書かれていたように思います。
「聖ピオ5世のミサ」「福者ヨハネ23世のミサ」と呼んでもいいのかは、私の理解力不足もあり、よくわかりません。

とにかく、この文章で「昔のミサ」ではないことがはっきり示されてます。


と、ここまで書いてけっこう文章が長くなりました・・・

トリエント・ミサの内容について書くどころか、位置づけについても大事な点がまだまだあるのですが一回ではとても書けきれない・・・
心情吐露を書こうにも、こういう話はある程度説明しないとわかりにくいところが難しい・・・

大雑把な認識の私がアレコレ書いていいんだろかという点でも迷いますが、「放蕩息子」の私が、カトリック信仰を取り戻した原点であり、やはり大切な話なので次回以降にまた書き連ねてみようと思います。

いよいよクリスマス目前となりました。
ことしは平日で、日程的にあまりよくないですが、皆様、どうぞ良いクリスマスをお過ごしください!


(追記)トリエント・ミサについて、より詳しく知りたい方は、ウナ・ボーチェジャパンのHP(http://uvj.jp/)を見てもらったほうが、より詳しく確かです。

名古屋に行ってきました。

車に興味を持ち始めた我が子をトヨタ博物館に連れて行ってあげるのが第一の目的。

名古屋には、トヨタ博物館とトヨタテクノミュージアムという二つの博物館があるのですが、さすがはトヨタが作った施設です。
コンセプトがいい。展示の内容もいい。施設のアメニティがいい。三拍子揃った素晴しい博物館でした。
二つの博物館はコンセプトが少し違いますが、両方とも否のうちどころがないと言ってもいいんじゃないでしょうか。
創業からのトヨタの歴史もドラマテックですね。もっと詳しく知りたくなりました。

トヨタテクノミュージアムのすぐそばには「ノリタケの森」というノリタケの施設もあるのですが、ここもアメニティがとてもいい。
やはりメーカーだけに食器がよくわかっているというか、見せ方にも妙があるのでしょうか。
見てるだけで楽しくなりました。

洋食器を魅力的に見せるために、雰囲気のいいレストランまで併設するというセンスが凄いですよね。
なんとディナーは要予約です・・・
高そうなので食べませんでしたが・・・

食器というものは100円ショップからヨーロッパの高級食器までピンからキリまであるので、事業経営が難しい業種だと思います。先端技術を活かした新規事業展開をしながら、食器づくりでも埋没しない、事業放棄しないノリタケは流石です。
質の高いモノづくりを目指す姿勢にちょっと感動があります。

一般に名古屋は、あまり観光する街という感じではないのですが、やはりモノづくりというのも文化なので、見せ方さえよければ観光してまわっても充分に刺激がありました。
きしめん、味噌煮込みうどん、味噌カツなどの庶民的な食べ物でも魅力的。
近畿圏からは車で気軽に行ける距離圏なのが、私達家族にとってもいい。
時折、気分転換もかねておじゃまさせてもらうのもいいかなと思いました。



ところで、名古屋の教会はどうだったのか?
カトリックのブログなので、何かカトリックについても書かないといけない。

かねてよりHPを見て行ってみたかった名古屋カテドラルのカトリック布池教会に行ってみました。

カトリック布池教会2

二つの尖塔が思っていたよりも大きい!
ゴシック風の聖堂もとても壮麗。
ステンドグラスと良く合ってます。

実は建物だけでなくミサに与っても名古屋の流儀に大変驚きました。

聖変化の時は参列者全員、一斉に跪き。
御聖体を直接、口で拝領する人、多数。
閉祭の歌はラテン語聖歌。

名古屋は凄い・・・

いや、あたりまえの事をあたり前に続けていると思うべきか・・・

関西では、ラテン語ミサをうんぬんする前に、ミサの基本所作で跪きができていない教会はとても多い。

名古屋の流儀にとても力づけられる旅となりました。

トリエント・ミサについて書こうと思いましたが、知見が無いなりにも内容についてある程度細かく書くか、それとも心情吐露ぐらいにとどめておくか、迷ってしまってなかなか先に進みませんでした。

そういうわけで今回は別の話。

11月に新アメリカ大使として着任されたキャロライン・ケネディさんについての話です。

速やかに震災被災地を訪問されたケネディ大使ですが、今度は今週の11日に長崎を訪ねたらしい。

着任早々、次々に日本の各地を次々に訪問する。
なかなか行動力のある人です。

被災地の次が長崎。

長崎よりも、米軍の戦略拠点の沖縄やトヨタがある名古屋などを訪問した方が、アメリカ大使らしい感じがしますが、ケネディ家はアイリッシュ系のカトリックの家柄なので、長崎訪問は信仰心に基づく意向を少し感じます。

教会にも行かれてますが、なんと浦上天主堂と大浦天主堂の二つもまわったらしい。

私もカトリックなので、極めて個人的な感情ですが、この長崎訪問のニュースは少し親近感を感じました。

ケネディ大使は、浦上天主堂の「被爆の聖母マリア像」の拝観に少し強い思いがあったようです。

「被爆の聖母マリア像」は長崎への原爆投下で黒こげの痛ましい姿になってしまった旧浦上天主堂の聖母マリア像。
アメリカ人にとっては、やましさというか良心の呵責を感じさせられる御像かもしれません。

あえて直視しようというケネディ大使の姿勢に私は好感が持てました。

この「被爆の聖母マリア像」は、確か昨年か一昨年に、アメリカを巡回したのではなかったでしょうか?

ケネディ大使は、その時の巡回の事を聞いて、存在を知ったのかもしれませんね。

「ラテン語ミサもいろいろ」シリーズを続けます。

拙ブログでも、いままでも何回かご紹介してきましたが、今回は「荘厳司教ミサ」についてです。

荘厳ミサ(ミサ・ソレムニス Missa solemnis)について、Wikipediaでは

ミサの名称の一つ。典礼文を唱えて行われる「読唱ミサ(missa lecta)」、歌唱によって行われる「歌ミサ(missa cantata)」に対し、主司式司祭と助祭・副助祭による読唱ミサに、合唱による歌ミサを伴うものを呼ぶ[1][2]。音楽用語としては『荘厳ミサ曲(そうごんみさきょく)』と訳されることも多いが、日本カトリック教会では、現在は荘厳ミサを廃して「盛儀ミサ」を正式名としている。

といういうことになります。

ただし日本のカトリック教会においては、「荘厳司教ミサ」とよぶ場合は、普通名詞「司教による荘厳ミサ」というよりは、日本において1991年から始まったカトリックアクション同志会主催による同名のラテン語ミサのことを示す固有名詞と思ってもらったほうがよいと思います。

主催は、カトリックアクション同志会という信徒団体。
しかもミサがあるのは東京で年に一回(10月〜11月頃)だけ。
東京教区の教区行事でもありません。

しかし、毎回1000人規模の人が集まる、かなり大規模で盛大なミサです。

ミサそのものの存在感が突出している希有な例だと思います。

ひとことで言えば「ヴァチカンのミサ」の日本での再現を目指したもの。

極東に住む日本のカトリック信者が、ヴァチカンとの絆を再認識するミサといえるでしょう。

カトリック教会のミサは、第二バチカン公会議を経て、ラテン語トリエント典礼(オルドミサ)から、日本語で行う新しい典礼(ノブス・オルドミサ)に移行したのですが、その間にある「ラテン語で行う新しい典礼(ノブス・オルドミサ)」が、この「荘厳司教ミサ」のベースとなります。

現在では、バチカンの教令(http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message243.htm )によって「新」「旧」ではなく併存する2種類のミサということになりましたから、「オルドミサ」「ノブス・オルドミサ」という呼び方ではなく「特別形式ミサ」「通常形式ミサ」と呼ぶほうが望ましいようです。

従ってカトリックアクション同志会主催の「荘厳司教ミサ」「ラテン語通常形式 グレゴリオ聖歌のキリアーレによる荘厳司教ミサ」というのが分類上の位置づけというか普通名詞としての名称になるのでしょうね。

もっともこのミサは、現在はカトリックアクション同志会のミサしかありません・・・

大阪教区や京都教区の「ラテン語通常形式 グレゴリオ聖歌のキリアーレによる荘厳司教ミサ」

という具合の普通名詞になったとき、日本のカトリック教会は典礼的な混迷混乱期を脱出した状態になっているのだと思います。

カトリック・アクション同志会の会員である増田洋さん(故人)の書かれた「信徒が書いた典礼マニュアル」という本を読むと「荘厳司教ミサ」は「第二バチカン公会議後のミサの典型、原点、基本形」を探る歩みだったのだとつくづく思いました。

また、カトリックアクション同志会のいままでの沿革をみると、荘厳司教ミサを始める前は、指導聖職者の名に「日本独自の典礼」を指向された方のお名前も散見されます。

いったい「荘厳司教ミサ」が始まった1991年頃はカトリック教会はどんな状況だったか?
いろいろなアレンジミサが次々に創作されていた頃だったんじゃないでしょうか?

どちらかというと原点回帰を目指す「荘厳司教ミサ」を行うということは実は本当に大変だったと思います。

典礼の多様化については、様々な意見があるのは承知していますが、個人的には受け入れがたい変なミサにも遭遇して苦しんだ自分の体験をも重ね合わせてしまうので、私には「荘厳司教ミサ」が今でも大きな救い。

先人達の苦労を思いつつ、カトリック・アクション同志会の「荘厳司教ミサ」を守っていかなければならない。

そんな感じです・・・

そして次回の「ラテン語ミサについて」シリーズは、特別形式ミサ(トリエント・ミサ)について・・・

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