カトリの日記

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。
キリシタンの時代から現代にいたるまでの「カトリックの日本人」についての記録や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
「伝統の断絶」と「政治指向」による躓きがある現在の日本のカトリック教会においては、ラテン語ミサの復興と普及が必要と考え、その実施に参加しています。

2013年10月

先唱に続いて【我らの為に祈り給え】など、短い祈りを何回も繰返して歌唱するカトリックの伝統的なお祈り。

【連祷】は、ラテン語だと【Litania】(リタニア)と言うみたいですね。

伝統的なグレゴリアンのメロディーと繰返しのテンポが美しくて心地よく、とても好きな祈りです。

先唱の部分は、徹底的に神様や聖母マリアを賛美する言葉が続きます。
神を賛美するという姿勢を、言葉の限りを尽くして表現するということなんですね。

答唱の部分は、2〜3種の同じ言葉の繰返し。

日本語の【我らの為に祈り給え】のときは重厚な感じ。

ラテン語の【ora-te pro no-bis 】(オラプロノビス)の場合はもっと軽やかで空に舞い上がるような感じになります。

何回も繰返していると、気持ちが高揚して、ゾクゾクッとなるというか鳥肌が立つというか・・・
霊的な刺激につつまれて、何か気持ちが大きく動かされると言うか・・・
ちょっと表現するのが難しいですが、不思議な感覚です。
気持ちに与える影響が強い祈り方なのだと思います。

近々の11月9日の東京カテドラルの荘厳司教ミサ(ラテン語ミサ)でもミサ前に【聖マリアの連祷】(ラテン語)がありますので、ご興味を持たれるかたは是非どうぞ。

ラテン語で唱える機会は、あまりありませんから・・・


所属教会でも、クリスマスか復活徹夜祭の洗礼式のときに、1〜2度【諸聖人の連願】を皆で唱えたことがありました。

洗礼式のときには【諸聖人の連願】を唱えるみたいですね。
しかし毎回じゃありません。あったりなかったりです。

今は【連願】って言うみたいですね。

そういえば【我らの為に祈り給え】ではなく【私たちの為に祈ってください】と唱える人もいました。

【連願】は口語版???

いやいや、いま手元に典礼聖歌集がないけど【連願】も【我らの為に祈り給え】じゃなかったかなあ??
記憶があいまいだけど・・・

【私たちの為に祈ってください】は何に載っているんでしょう?

【我らの為に祈り給え】と【私たちの為に祈ってください】が混ざるのはどうなのかな?
めったに唱えることがないからか【我らの為に祈り給え】の人の方が多い感じ。

【連祷】の、たった一行の短い祈りまで口語版を作るという本質的ではない追加のために、調和が乱れ無駄なエネルギーが費やされる。

ちょっと【連祷】の口語版は不要な追加だと思います。

ウィキペには以下の6点が記載されてました。

【イエズスの聖名の連祷】
【イエズスの聖心の連祷】
【イエズスのいと尊き御血の連祷】
【聖マリアの連祷】
【聖ヨゼフの連祷】
【諸聖人の連祷】

私の公教会祈祷文には【イエズスのいと尊き御血の連祷】が載ってない。
もっともっと古い祈祷書に遡れば、あるのかもしれませんね。


キリスト教にもいろんな教派がありますが、私はボーンカトリックなのでカトリック以外の教派についてはあまりよくわかってません。

通常は、他の教派との接点というのはあまり無いからです。

しかし近年になって聖公会(アングリカン)だけは、礼拝に与る機会があって雰囲気を少し体感しました。

以前もこのブログで書いたことがありましたが、ハイチャーチだったこともあってでしょうか?

私の所属小教区のカトリック教会よりも、典礼的にはもっと荘厳で美しく、そのときは少しショックを受けました。

他の教派はどうなんでしょうか?

好奇心といっては失礼かもしれませんが例えば正教会はどんな感じなんだろう・・・

正教会は日本では少数派で、教会自体が少なく身近にないんですよね。

そんななかで、ちょっとびっくりした教会をネットで知りました。

まずは、このHPをご覧あれ。 http://www.sion-church.com/ 
(最近このパターン多いな・・・)

京都の宇治に「東方典礼カトリック教会」という教会があるようなのです。

私の好奇心を猛烈に刺激するこの教会。

カトリックの京都教区の教会ではないみたい。

HPにはウクライナ正教から分離と書かれてます。
八端十字が画像に写ってますので、やはりスラブ系の正教会のような感じです。

バチカンに帰属する東方典礼カトリック教会(ユニエート)という教会が存在しているのは知っているのですが、日本にもあるということなんでしょうか!・・・本当にユニエート?

かなりウェディングに突化されてます。
ウェディングによる福音宣教によって自立されようとしているのかもしれません。

本物のユニエートならば一度ぜひ行ってみたい。

しかしもしバチカンに帰属していないならば、正直なところ、やはり紛らわしいので「カトリック」の名前を使ってほしくはない感じがします・・・


こんなことばかり書いていると「あれやこれやと興味を持って落ち着かないヤツだなあ」と思う人もいるでしょうね。

しかし「正統探しの旅」のような、私のこの心のウロウロは、やはりハッキリ言ってバンドミサで凹んだ心のくぼみを埋めもどす作業が、いまだに続いているという事なのでありました。


聖クリストファー。 カトリックや聖公会では、名前はよく知られている聖人だと思います。

おそらく男の子に人気がでそうな聖人。
私も何か本を読んだわけではなく、子供の頃に母親から伝聞でおそわった聖人ですが、その逸話は今でも印象に残っています。

あらましですが

「世界で一番強い王」に仕えることを願って旅をしているクリストファーは、ある大きな河の川岸で、ひとりの小さな男の子から、向こう岸に渡らせてほしいと頼まれる。
力持ちのクリストファーは、相手が子供なのでお易い御用ということで、男の子を背中に背負って河を渡り始める。
しかしこの男の子がなぜか重い。とにかく重い。はてしなく重い。
ようやく向こう岸にたどり着いて男の子を降ろしたときに、その男の子が、この世の苦しみを全て背負っている人(キリスト)であったことに気づく。


という話。

それだけの話。何しろ伝聞だから・・・

しかし「重荷を背負う」ということが、とてもわかり易く表現されているいい話です。

もっと、詳しく知りたいのですが、あまり本が見当たらない感じ。


ネットで検索したら、近代ホスピスの第一号となった「セント・クリストファーホスピス」というホスピスが見つかりました。
まさに「重荷を背負う」という理念にピッタリのネーミングですね。


「聖クリストファーズ教会スカイチャペル」という掛川のウエディングチャペルも見つかりました。
http://izumoden-kakegawa.jp/ceremony/item2.php

「おいおいウエディングチャペルで『重荷を背負う聖人』の名前をいただいて、コンセプト的にほんまにええんか?」と思ってしまいますよね。

「式を挙げるカップルはわかってんのか?語感の響きに憧れてるだけだとしたら『知らぬが仏』なんだけど」という感じ。


いや? しかしまてよ・・・

もしかしたらとても含蓄と重みのあるいいネーミングなのかもしれないですね。

新しい家庭を築くスタートの場が「相手の重荷を背負う」ことを自覚するネーミングであるのは、覚悟を決めるという意味で、とてもいいことなのかもしれません。

どんなカップルにとっても、これから始まる結婚生活は間違いなく楽しいことばかりじゃないですから・・・

牧師さんも、聖クリストファーの話をしたりしてね。

案外いいかもね。

結婚式場のウエディングチャペルで司式されるのは、基本的にプロテスタントの牧師さんですが、プロテスタントは聖人の存在を認めない場合があるから微妙かな???

ここまで書いて、もう少しいろいろ、ネット検索を続けたら「聖クリストフォロス」(ギリシャ語)で wikipe が見つかりました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AD%E3%82%B9

ちょっと伝聞と違いましたが、やはり「キリストを背負った聖人」でした。

ヒエロニムス・ボスの絵は、いままで持ってたイメージとちょっと違った感じ。
しかし背中の重さがしんどそうな感じはよくでてますね。

Hieronymus_Bosch_085

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Hieronymus_Bosch_085.jpg#globalusage

「いのフェス」というイベントで、晴佐久神父と社会学者の宮台真司さんの対談がありました。
その対談が youtube でアップされてます。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=SgvbysxCb2o
https://www.youtube.com/watch?v=dNICTl652Rk

実際に行かなくても(行けなくても)、いとも簡単に動画で見ることができる。
何かと文句を言うことの多い世の中ですが、便利さということではありがたい世の中でもあります。

対談は「普遍性」についての話が多かったですが、このあたりは想像の範疇。
晴佐久神父のいつもの話を、本ではなく動画で観れて聴けたのはやはりよかった。

ただし今回、この対談でちょっと印象に残ったのは、(新鮮ということもあってだと思いますが)対談相手の宮台さんが話した、現代社会における「『恨み』のエネルギー」の強さということについてでした。

あらためて「恨み」という事について考えさせられた感じ。
「恨み」というのは「許し」の対極にある感情だし、文字で「恨み」という字を見ると、ほとんどの人はあまり肯定したくない心の動きだと思います。

しかし・・・

例えば、私も「半沢直樹」を観てましたが、「半沢直樹」はどう見ても「正義」というより「復讐」「報復」の話なんですよね。

大ヒットですよね・・・

私も含め多くの人々が、実は「復讐」「報復」が好きなんでしょうか?

ドラマ仕立てになっていると、弱者の「仇討ち」には、拍手喝采するんですよね・・・

現代の「仇討ち」は、相手を平伏させることみたいです。

マスメディアの報道姿勢を見ていても、「恨み」を増幅させたり、「正義」にすりかえ批判のかたちで「報復」を正当化しているように感じることもあります。
なにか「恨み」の怨念をエネルギーとして原動力にしているような・・・

「恨み」というより「嫉妬」の場合もあるのかな?
いずれにしてもネガティブな感情・・・

しかしこれは自分の胸に手を当てて考えても、無いとは言えない感じ。充分に注意しないといけない。

どちらかというとサヨク的な思考に、この「恨み」の怨念が混入しやすいと思います。やはり階級闘争が思考のベースにあるからでしょうか。

もちろんサヨクに限ってということではない。中国や韓国のナショナリズムには「恨み」の怨念が充満してます。

ただし「恨み」をエネルギーの原動力にしている限りは「平和」はないということだけはわかります。

カトリックに限らず、クリスチャンの場合ですが、社会問題に目を向けるあまりサヨク的階級闘争的な「恨み」の怨念みたいなものに警戒心がない無防備な人が少なくない感じがします。

社会への問題意識に「恨み」がないかどうか、よくよく考える、自問自答することが必要。

もちろん「痛み」に寄り添うことに目を背けるわけじゃない。
しかし「恨み」を超えていかないと・・・

人間というのは、(私のことも大いに含めて)やはり未熟な生き物なんですね・・・

年によっては途中で観るのを止めてしまうこともあるNHK大河ドラマですが、今年の「八重の桜」は今も続けて観ています。

戊辰戦争となった会津が舞台だったときは激しい戦闘場面が続きましたが、京都に舞台を移し雰囲気が一変。
いつの間にか、ちょんまげの男性はいなくなってすっかり時代は明治という感じ。

私は、新島襄さんと出合った八重さんがクリスチャンになったいきさつにちょっと興味を持っていたのですが、ただそこのところは話がサラッと進んでしまって、空振り感というか拍子抜けしてしまいました。

ドラマでは、キリスト教に惹かれてというよりは、襄さんと結婚するということで、夫唱婦随、運命を共にするということで決意し受洗したような感じも・・・

ちょっともの足りない・・・
私なりにもう少し想像をふくらませてみました。

ドラマ「八重の桜」の描き方でもそうですが、藩という共同体は、疑似家族のような強い絆の運命共同体であったように感じます。
そういった中で、八重さんの心の中では、父、弟を含めた多くの同郷人の死と共に、藩(運命共同体)を失うということに対して、やはりかなり強い喪失感があったんじゃないでしょうか。

もちろん虐げられた人に寄り添うキリスト教の教えそのものに惹かれたことは事実だと思いますが、藩崩壊と共に逆賊の誹りを受けたままの状態のなかで、新たな価値観の精神的な共同体に帰属し拡げることで、新政府の権威権力に対し、何か見返してやろうというような気持ちもあったんじゃないか・・・
「同志社」という名前にもそんな響きを感じたりもして、命名者である兄の覚馬さんの心情も含めてそんなことを思いました。

というのは、新島襄、内村鑑三、新渡戸稲造や他の人も含めた明治期のプロテスタントの先達は、佐幕派や小藩の士族の系譜につながっている人がとても多い。

国(藩)も身分も失った境遇、喪失感のなかで、新しい心のよりどころを探し運命共同体としてつながる。

動機として共感できるというか、わかるような気がします。

このところ内村鑑三さんの本も読んだりしましたが、明治期のプロテスタントの話はほんとにドラマチックですね。


ところで明治期のカトリックのほうはどうだったのか?

不平士族の心の受け皿というよりは、当初は、やはり隠れキリシタンとの絆が強かった感じ。

浦上信徒発見の後、しばらくはパリミッション(パリ外国宣教会)が日本での宣教を担当していましたが、同会を補うため、明治後期にイエズス会、フランシスコ会、神言会、ドメニコ会、サレジオ会の宣教が始まります。
他の修道会宣教会にも拡大した背景には、日本の知識人やリーダー層への宣教の必要性が認識されたことがあったようです。

桃山時代のキリシタンの歴史があるとはいうものの、江戸時代の徹底した弾圧ゆえに、一度歴史が断絶したに等しい。

決して「浦上信徒発見」の奇跡のような真実を大切に思わないわけではありませんが、実質的には明治期の宣教活動によって、今の日本のカトリック教会があるわけで、もう少し詳しく明治期のカトリックについて知らなければならないと思いました。

「ちょっと大きい教会」「立派な建物の教会」「とても立地の良い教会」の沿革をたどると「パリミッションの宣教師が私財を投げ打って・・・」という事実がでてきます。

こういう事実をもっともっと知らなければならない。

パリミッションや他の宣教会の明治期の遺産を、いったい現代の教会がどれだけ活かしているのか・・・

遺産を活かさずに食いつぶすようなことになってはいけないと本当に思います。

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