カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

2012年08月

カトリック中央協議会ホームページに「いますぐ原発の廃止を」という意見表明のバナーが載っているのですが、やはり違和感を感じます。

気になって、いろいろなホームページを見てみました。
聖公会、正教会、日本基督教団、福音ルーテル教会、日本ルーテル教団。
神社本庁、靖国神社。西本願寺、東本願寺。

どこも「原発の廃止」に関するバナーはありません。

なにもバナーじゃなくてもいいんじゃなかろうか?

「信仰年」のバナーと「いますぐ原発の廃止を」「貝塚教会の逮捕問題」のバナーのサイズを比べたら「信仰年」のバナーのサイズの方が小さい。「プロライフ」についてはバナーすらない。

maggieさんのブログ
http://immacolata.blog89.fc2.com/blog-entry-207.html
で紹介されていた新潟教区の菊池司教のお話を読んで、原発についての司教団の思いや気持ちは理解したつもりではあるのですが、カトリック中央協議会のホームページは、やはり優先順位やメッセージ発信の強さが歪です。

そもそも司教団声明は気になるところが多い。

私は「いますぐ原発の廃止」の「いますぐ」というところが納得できない。
脱原発は必要と思うようになりましたが、「いますぐ廃止」というのは難しいじゃないだろうか?
稼働を止めても危険な状態なのは変わらないし、原発の全廃は、合理性納得性のもとに、廃棄物最終処分場の確定などロードマップを整備していくという話で、感情をはさまず粛々と進めていけば良いと思う。

原発の問題を「倫理的問題」として考えなければならないというところも気になる。私には「倫理的問題」というのがどうもピンと来ない。
心の問題、良心や倫理、道徳の問題ではなく、社会問題、政治の問題と思うわけです。

「倫理的問題」ということは「罪」ということなんだろうか?

東電をはじめとする福島原発の関係者の原発の安全性確保に対する認識の甘さや、事故対策に対し、職務遂行の上での問題点の解明は必要ではあります。しかし「罪」ではないですよね。
「落度」です。

司教団声明は、「『脱原発依存』だけではなく『脱電気エネルギー依存』の生活転換を訴えるもの」なのですが、ここの部分は言行一致を問われるところです。
少なくとも、教会内のエアコンの使用は問題かもしれません。

モヤモヤが多いんですよね。

菊池司教のお話は、率直な話で好感が持てました。
モヤモヤしたときは、このお話を読みかえすことにします。

「なぜ教会は社会問題にかかわるのかQ&A」が中央協議会から出版されています。
読んでおくべきと思いますが、いろいろ優先順位があってまだ読めてない。

ただし興味はあります。

「社会と向き合う」ことは大切だと思う。
「教会の中に籠って祈っておればいい」とは思いません。
「信仰の実践」という意味だけでなく、日本のカトリック教会は、もうサバイバルの域まできていると思うので、日本の社会のなかで何らかの存在感を示せないと福音宣教もおぼつかないと思うからです。

しかし「原発反対」とか「基地のない沖縄」とか「憲法9条を守る」などの意見表明をもって
「社会と向き合う」と言われても、どうしてもピンと来ない。

それぞれ賛否が別れる問題なので、教会がそのどちらか一方の意見を是として断定する事に、やはり疑問を感じてしまう。

生命倫理や道徳観に基づく社会問題はまだいいんです。
「プロライフ」「死刑廃止」とか・・・
「死刑廃止」というのは、教会内でも意見が別れるテーマだとは思いますが「原発反対」よりは、まだ教会らしい。

しかし、そもそも社会問題のひとつひとつに、意見表明していくことばかりが
「社会と向き合う」ことではないと思うんですよね。

以前から、日本の教会はしっかりと
社会と向き合って来ていたと思うんです。

それは何か?

「教育事業」「医療事業」です。
地味で目立ちませんが、確実に信頼感を得ていると思います。

小教区の教会敷地に入ったことなど無い人でも、学校や病院でカトリックと接点を持った人はけっこういるんじゃないでしょうか?

カトリック系の中学や高校などのなかには、社会的評価の高い名門校が、たくさんありますよね。

「教育事業」「医療事業」が地域に根ざしているところの小教区教会は、何か安定感がある感じがしませんか?

これからは「介護事業」もとても重要だと思います。

もしかしたらトラピスト修道会が作っているバターなども、「農業」「地球環境」視点で見れば、非常に意味があるような感じがします。
修道会ということでは、もちろん「出版事業」もです。

「社会と向き合う枠組み」
があることが大事だと思うし、一番自然な姿だと思う。
やはり「地道な事業貢献、社会貢献」が重要なんじゃないだろうか?

日本の教会が滅びないためにも「社会との向き合い方」を誤らないでほしい。

カトリック中央協議会のHPに、大きく「いますぐ原発の廃止を!」のバナーがついたのを見て、なんとなくそんな事を思いました。

シドッチと白石との対話について、少し書き加えるつもりだったのですが、少し間が空いてしまってリズムが途切れてしまった・・・
すみません。また少し順延です。

今回も別の話です。

カトリック教会のミサ典礼で唱われる聖歌は、高田三郎さんという日本人の宗教音楽家が1960年代〜70年代に作曲した「典礼聖歌集」と呼ばれる聖歌が用いられているわけですが、この典礼聖歌は、日本の伝統音楽の旋法とグレゴリオ聖歌の教会旋法を混ぜ合わせて作曲したらしい。

好嫌いでいうと、微妙な感じ・・・
「あなたの主観は聞きたくない」と言われてしまいそうですが・・・

ギターをかき鳴らして唱うフォーク調の聖歌と比較すれば、ミサ典礼の荘厳さを保っている感じはあるので、まだ良しとは思いますが、少しベタッとしているというか、天上に舞い上がる感じが無いというか・・・
ラテン語聖歌を基準でみれば、やはり聖歌らしくない。

少年少女合唱団の歌声を指して「天使の歌声」などと言うときがありますが、少年少女が唱ったとしても、「典礼聖歌」は旋律的に「天使の声」にならない感じ。

音楽理論など知らないド素人の主観ではありますが、このベタッとした感じが、善くも悪くも高田三郎さんの「個性」としてでてしまっているのかも知れません。

もしかしてフォーク聖歌とかテゼの歌などは「高田三郎さんの『典礼聖歌』では何かもの足りない」という気持ちの表れなんじゃないだろうか??

先日、小教区とは別のミサに与って、カトリック聖歌集のラテン語聖歌「Salve Regina(サルヴェ・レジナ)」を唱いました。
歌詞に追いつけない箇所がないわけではありませんが、メロディが素直で唱いやすい。
典礼聖歌よりも気持ちが高揚する。
やはり心が満たされるものを感じました。

しかしラテン語聖歌も「聖歌隊が練習を重ねなければ唱えない高度すぎる聖歌」では、聖歌隊と会衆との間に、変な距離感ができてしまうのではないかと少し危惧を感じる時があります。
普通の小教区では「聴く聖歌」と「唱う聖歌」に分ける必要はないですよね。

そういう意味では、カトリック聖歌集に載っている唱いやすい「いわゆる普通のラテン語聖歌」がいい。
カトリック聖歌集は日本語の聖歌も唱いやすく愛らしい感じ。

やはり、カトリック聖歌集をもっともっと復権すべきです。

ただいまのところ「カトリック聖歌集を唱うミサ」を探すのが一苦労なんですよねえ・・・

古居さんの「密行 最後の伴天連シドッティ」を読んだところなので、シドッチ殉教の話に、今は引きつけられているのですが、古居さんは屋久島の方なので、屋久島の描写がとても活き活きと書かれていました。
ただシドッチ終焉の地である茗荷谷の江戸キリシタン屋敷跡については、周辺は明るい感じの住宅地に様変わりしていて、全く当時の面影はない(あたりまえですが・・・)ようです。
江戸の街は何回か大火に見舞われているし、ピンポイントで特定するのは意外に困難みたいですね。東京都のたてた碑はあるようですが・・・

シドッチについては、サレジオ会のタシナリ神父が、戦前に調査研究した書籍がドンボスコ社から復刊されているそうで、そちらは江戸キリシタン屋敷跡について詳しいらしい。
ぜひこちらも読んでみたいと思います。

タシナリ神父。
お会いしたことはありませんでしたが、今年2012年3月に99歳で亡くなられたばかりなのですね。
奇しくも残された本によって、お会いすることになります。

不思議な事に、磁石が引っ付いていくようにカチッカチッとつながっていくんですよね。タシナリ神父の先に、ヴィンセンシオ・チマッティ神父の姿が見えてきたり・・・

自分の興味関心事と、お世話になっていた修道会、宣教会がカチっとつながったときはハッとしますね。
とても身近に感じます。

サレジオ会は大分県にも拠点があるでしょう。
勝手に「豊後キリシタンの末裔」と思っている私としては、なんか親近感を感じたりして・・・

杵築教会の画像をネットで見たら大友宗麟が中からでてきそうな、風情のある教会で、サレジオ会の本部的にも、やはり杵築という土地に「450年前に宣教の実りがあったという歴史を大事にしたいのかな」などと、勝手に思ってしまいました。
サレジオ会のもう一つの別府教会も素晴しい教会で、この二つの教会は、私のもうひとつのブログ「日本の名聖堂100選」にアップしなければならないという感じ。

それにしても、偶然なような事も含めて、私は若い時からサレジオ会とコンベンツアル会には身近なご縁がありました。

ただし若いときは、あまり鉄分??が少なかったのか、磁石に引きつけられなかった感じがしますが、不思議な事にオジさんの年齢になって、磁力の力にぐいぐい引き寄せられる。
やはり鉄分(笑)が大事です。

修道会、宣教会の存在というのは、とてもカトリック的だと思います。
どうやらそれは、私がカトリックに惹かれる理由のひとつのようです。

ちょっと話がそれてしまいましたが、次回は「シドッチと新井白石」の話にまた戻ります。

シドッチの来訪については、だいたいのいきさつを知ってはいましたが、今回の本「密行 最後の伴天連シドッティ」を読んで、その足跡、人間像を、より詳しくに知ることとなりました。

著者の古居智子さん。かなり綿密な下調べをする方ですね。
テンポや全体の構成、章の区切り方もいい。
通勤電車のなかでの読書でも読み易い感じでした。
古居さんのこの本で新たに知ったことをふまえて、少しポイントを整理したいと思います。

シドッチの来訪(上陸した時)の日本の状況、全体像の俯瞰ですが、時代背景は、江戸時代中期の西暦1708年。将軍は綱吉(五代)から家宣(六代)に変わろうとする頃。
島原の乱の終結(1638年)からは70年が経過してます。
キリシタン禁教令は徹底され、潜伏キリシタンを除けば、聖フランシスコ・ザビエル以降の宣教の成果はすべてリセットされた空白の状態で、日本の西洋社会との窓口は長崎の出島のオランダ商館のみという状況。

キリスト教宣教ということでは、歴史の連続性がないピンポイント的な来訪ですよね。
これはやはり第一の特徴です。

もちろんポイントはそれだけではありません。

第二は、シドッチは、スペインやポルトガルなど覇権国の司祭ではなくローマ教区の司祭、布教聖省直属の宣教師であり、来訪にあたってローマ教皇の命令書が存在していた可能性があったということ。
ローマの外交使節として受け止めるかどうかというのも尋問のポイントだったようです。

第三は、シドッチ自身が、神学やスコラ哲学だけではなく、地理学、天文学、科学、人文学の面でも卓越した知識人であり、尋問した側も江戸時代随一の知識人とも言われる儒臣 新井白石だったということ。
尋問、審判、詮議という枠組みを超えた、知的「対話」となったということは、やはり新井白石の存在が大きい。
また白石がこの経験を「西洋紀聞」に書き残したことによって、現代の私たちがこの対話を知ることができたわけですよね。

第四は、持参した「親指の聖母」画が、現代に残ったということ。

親指の聖母48












その後の明治時代の禁教令解除までの時間の永さや、幕府崩壊の混乱を思えば、残ったということが運命的な感じがします。
しかもシドッチの遺品ということがわかったのは、白石がシドッチの所持品の写し絵を残していたからのようです。

以上が、私の主観で思いつくままに列記したポイントですが、やはりシドッチと新井白石との遭遇ということが非常に印象的で、次回は、引き続き白石との対話について書いていきたいと思います。

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