カトリの日記

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

2012年04月

「きれいな教会」に出合いました。やはり自分の小教区以外の教会を訪ねることは大事ですね。自分たちの教会を客観視できます。

京都市北部にあるきれいで魅力的なこの教会。
しつらえの新しさが好印象というのは、確かにあるのですが、なんというかひとりよがりではない感じといったら良いか、

「初めて教会を訪ねてくる人のことをいつも想定し、
眼を向けている」 ような印象を受けました。

そういう姿勢というのは整理整頓というような基本にあらわれるんですよね。清潔できれいな印象につながっているのはそういう事もあるのでしょうね。

ちょっと調べてみたら、やはり数字に現れています。
「信徒総数よりクリスマスミサの参加者が多い」です。
これは凄い数字です!!

もっとも好印象なのには、もう一つ別のポイントがあることにも気づきました。

それは何か? 

実は建物のゾーニングがとてもいい。
エントランスがとても広く、掲示物などが見やすい。
立ち話ができる「溜まり場」が確保されている感じ。
エントランスに隣接して事務所があるレイアウトになっているから初めて来た人も戸惑いがないと思う。

「外に開かれた教会」ということを考えたとき、エントランスの機能は、とても重要だと思いました。

エントランスにはちょっとしたホールも隣接されているから、聖堂を多目的に使用しなくても良く、聖域が保たれているのもいい。

このホール。
聖堂にも隣接しているから、クリスマスなど人が多いときは聖堂との間の扉を大きく開いて、つなげるんじゃないかな。

実に合理的な設計です!


聖堂の意匠はコンクリートうちっぱなしの現代的な意匠ですが、教会における人の動線のようなものを正確におさえている感じがして、このゾーニングがツボでした。

福音宣教も、小教区レベルでは、抽象的で精神論的なことだけではなく、やはり具体的な姿の部分で良否を見極め判断し、より良い姿にしていくことが非常に大事ですね。

今回は、伝統的な聖堂ではない教会でも感心してしまって、なんか、「渡辺篤史の建もの探訪」みたいな記事展開になりました。。。

竹下節子さんの「キリスト教の真実」という本を読んで、「神々と男たち」という映画があることを知りました。

アルジェリア独立戦争に巻き込まれたフランス人のトラピスト修道士たちの実話がベースで、2010年のカンヌ映画祭で、放映後8分間拍手がなりやまなかったという感動作らしい。

アルジェリア独立戦争そのものの理解に乏しいのですが、同化政策が進んでいたがゆえの深刻な対立だったようで、アルジェリアの一部の人は「アルジェリアはフランス本国の一部」というほどの認識だったみたいですね。

この映画の主人公のトラピスト修道士たちは、現地に溶け込んで、奉仕活動によって確かな信頼感を得ていたわけですが、戦争に巻き込まれ惨殺される。

丸腰の高齢の男たちを惨殺するという非道な話ですが、このトラピスト修道士たちは、自分たちが殺される運命になることを認識していたようです。

キリスト教の理念に殉じたということで、列聖の動きがあるらしい。

不条理な死にたいし、報復ではなく、列聖の動きが起きるというところに、宗教的な成熟した精神を感じる。

著者の竹下さんは、現代の日本では、無差別殺人などが起きた時「巻き込まれる事に対する恐怖感」が反応として現れ「特殊な例として加害者を排除し差別する」方向でトラウマを癒そうとする傾向があり、「キリスト教国では神学者と哲学者が議論するような事を、日本では社会学者と精神医学者が解説するだけ」と書かれています。

無宗教となりつつある日本の現代社会の心のスキマをつくような話ですね。

「神々と男たち」 観てみたいと思います。




以前お薦めいただいていて、先週末にAmazonで購入した、J.S.バッハ作曲カール・リヒター指揮の ミサ曲ロ短調(BWV232)を聴いてみました。

始まりが衝撃的です。
いきなり圧倒されました。

凄い迫力ですね!


「神を畏れよ!」
という感じ・・・


強烈です!!



春先はやはり忙しい・・・

ルーティンの仕事がただでさえ多い中で、今年は特別なテーマがかぶる。
おまけに年度の切り換えの時期だから、目標設定や予定などいろいろ設定しないといけないし・・・
この特別なテーマが重い。
3年に一度ぐらいのヤマかな。いや5年に一度ぐらいのヤマかもしれない。
若いときのように、変にあせったり混乱したりはしないけど、やはり疲れやすくなったというか・・・

あれもこれもで頭の中に仕事のことが一杯の状態で、帰路につくわけですが、ストレスを解消するための手軽な方法として音楽を聴くことが多くなりました。

というわけで、電車のなかで、ここのところいろいろご縁のあったモーツアルトやバッハをいろいろ聴いています。

新発見なのが、ストレスを解消するとき,穏やかな曲がいいとは限らないということ。
もちろん「グラン・パルティータ(K361)」のような穏やかでゆったりした曲はホッとして癒されるのですが、頭の中がパンパンのときは、意外に早い曲、力強い迫力のある曲もなかなかいい感じになりますね。
「ストレス発散」なんでしょうね。

モーツアルトは、テンポが早いというより、緩急のテンポの切替りが絶妙で、「ゆったり」したメロディが切り替わるときが、かなり刺激的です。
アマデウスでおなじみの「交響曲25番(K183)」とか「魔笛(K620)の序曲」などがそんな感じ。

力強い曲もいい。このブログでも書いた「グレートミサ(K427)」はやはりいい。
力強い曲つながりで、バッハの「プレリュードとフーガ(BWV543.542)」に変えたり・・・

力強い曲というのは、人間を超えた存在に見守られているというか、包み込まれるというか、励まされているというか、聴いていると元気がでてきます。
唱っている人弾いている人がいるのに、ニンゲンワザとは思えないんですよね。

「そういえば、以前、紹介してもらっていた、リヒターのミサ曲ロ短調(BWV232)買ってなかったなあ」とか思い出して、舞い上がってアマゾンでクリック!!

配達されるのがワクワクしてきて、もう気分の切り換えができているのでした。

私のストレス解消法でした。。。




パスカおめでとうございます!


またまたWikipediaに教えてもらいました。ご復活祭のラテン語は「パスカ」なんですね! ちょっと「スイカ」とか「イコカ」みたいですが・・・

昨晩は復活徹夜祭のミサでしたが、やはりいいですね。
聖歌もいつもと違うし、諸聖人の連祷もあるし、神秘的で力強い良いミサでやはり感動があります。

大人の求道者の方の洗礼式がありましたが、私はボンカト(幼児洗礼)なので、大人の洗礼の方の入信のきっかけが何だったかということに興味を覚えます。
特に親族配偶者が信徒ではない場合です。

学校関係(幼稚園含む)がきっかけという場合はあるのでしょうね。カトリック幼稚園は多いから。

しかし長崎のような一部を除いては日本ではカトリックはあまり文化に根ざしてないし、信徒も少ないから、きっかけは少ないと思います。

私が、伝統様式の聖堂が大切と言ったり、ラテン語聖歌が大切と言ったりするのは、「『入信のきっかけのきっかけ』になるんじゃないかな。」と思う気持ちもあるんですよね。

最初の最初が「好奇心」であることに私は違和感は全くありません。
開かれた教会というのは「好奇心の人」の最初の一歩の敷居が低い教会だと思うのです。

「伝統様式の聖堂」や「ラテン語聖歌」は、興味関心を持ってもらえるということでは福音宣教の王道だと思うのですが、教会の中にはラテン語が「へだての壁」だと思う人もいるみたいで、現状はなかなか・・・

「アベ・ヴェルム・コルプス」を聞いて「いいな」と感じる人はゴマンといると思うんだけどなあ・・・

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