カトリの日記

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

2012年02月

先日、Rickさんと会って四方山話に花を咲かせたのですが、そのとき話していて、私の問題把握のポイントが、最近微妙にズレはじめていたことに自分で気がつきました。
サヨク的価値観の問題を、ちょっと一般化しすぎていたなあという感じ・・・
やはり日本のカトリック教会内部の問題として、教会サヨク化問題を考えないといけないとあらためて感じました。

「解放の神学」についても不勉強な事がわかった。
いままで日本のカトリック教会への影響についてあまりピンときていなかったんですよね。

「解放の神学」に対するヴァチカンのスタンスについては、「ラティンガー枢機卿時代の『信仰について』という本をまずは必読!!」とRickさんに教えてもらいさっそく注文しました。

日本のカトリック教会の現状を見つめながら、「解放の神学」と教会サヨク化の相関関係をこれから見ていこうと思います。

ところで弘田しずえさんというシスターは、日本における「解放の神学」の代表的人物の1人だと思うのですが、中米ニカラグアにいたことがあったみたいですね。

イギリスという国を不思議に感じるのは、日本と同じ島国でありながらイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドという4つの文化エリア(国)に分かれているというところ。

イギリスの国名は正式には「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」なんですよね。

ウエールズもスコットランドも北アイルランドもそれぞれ連合王国を構成する国(country)として国旗、国章を持ち、英語とは別にウェールズ語、ゲール語、アイルランド語なども公用語にしているというわけです。

ウエールズなんか、半島という程のでっぱりでもないのに、それでもやはり国は国。

好奇心をかきたてられます・・・

昨今では日本でも道州制が話題になってますが、発展形で連合国家という姿が、可能性としてあるだろうか?
天皇陛下が連合の国家元首であるなら、もしかして可能性もゼロではなかったりして・・・

もっとも日本では、幕藩体制のときの藩の大きさが、今でもやはり文化単位のような気もします。
方言もだいたい藩の単位になるんじゃないでしょうか?
イギリスのような4つぐらいの連合というのは難しいかもしれず連合国家というのは妄想のレベルですね。

やはり、イギリスの4つの国家がそれぞれに独自の公用語を定めているという事をみると言葉というものが文化単位のポイントであるような気もします

「民族は言葉。言葉は民族」というテーゼも聞いたことがあるような気がします。
文化的共同体としてのアイデンティティとして「言語」の存在は非常に大きいということかもしれません。

民族の話ではありませんが、カトリック教会にとっての「ラテン語」のことが、ちらっと頭をかすめてしまいました・・・

カトリック中央協議会が、脱原発にえらく熱心なこともあってでしょうか、小教区でも脱原発の署名を求められました。

福島原発の事故を思えば、もはや日本においては脱原発の方向というのは理解してますが、福島以外の原発を廃絶するまでの道筋は、「即廃絶」という考えから、「耐用年数切れのものから順次」という考えまで多様な感じはします。
世俗的なエネルギー政策の問題を、カトリック教会という宗教組織がコミットするのは何か不自然な感じ。
福島の被災者の痛みを分ち合うということを、感情的に「原発の廃絶」ということに強引に結びつけてしまっているような感じがする。

もし「すべての原発の即廃絶」ということであれば脱原発というより反原発ですよね。
署名まで求められては、「こんな世俗的問題で信仰の踏絵を迫るのか」という感じがして理解できませんでした。
「もし私が日立、東芝の社員だったら・・・」ということを考えてしまいますよね。
個人的にゆるやかな脱原発は正しいと思いつつも、私はあまのじゃくですから教会ではこういう署名は、やはりお断りします。

生命倫理の問題であるプロライフについての署名でしたら躊躇無く署名するのですが・・・

プロライフについてはスルーして世俗的な脱原発政策について踏絵をせまる。
どんなふうに考えても納得いかない。おかしい・・・・・



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