カトリの日記

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

2011年09月

最近、クラシックを聴き始めたことを義理の姪が知って「のだめカンタービレ」のコミックとCDを貸してくれました。
今ごろになって(しかもオジさんのくせに)「のだめ」を読んでます。
世の中の流行からは完全に遅れてますね・・・

CDのほうは何枚かあって全部で85曲。曲のダブりがあったけど全部聞きました。有名な曲、マイナーな曲いろいろですが「あっこの曲マーラーだったのか」というような発見があって楽しかった。

コミックのほうは、対象としている世代があまりにも違うせいかやはり独特の表現に「・・・・」となることが多いですが、それでも、次々に音楽の達人が登場し火花を散らすところが、大きな流れでストーリーを面白くしていて、オジさんが読んでも面白い。
人気の秘密はそこかもしれませんね。
なんか「宮本武蔵」的な要素みたいなものを感じてしまいました。
音のイメージを文と絵で表現するというのも面白いですね。

バソンとファゴットの違いとかクラシックについてのうんちくも細かい。情報化社会ですから、コミックの作者も大変だと思います。

最初の方は音大を舞台にした学園ドラマなのですが、欧州留学を機に、シビアな音楽ドラマに変化してグッと面白くなる。
登場人物がいい。
変人にして天才である主人公「のだめ」もスゴいけど「のだめ」が片思いする若き指揮者千秋真一がいい。
クラシックの本場の欧州に留学しても、「欧州コンプレックス」がなく多少の動揺があっても物怖じしないんです。
「英独仏語を話すし、指揮だけでなくピアノ、ヴァイオリンも弾きこなすし」という理想化されたキャラではありますが、現実の世界にもいるようなリアルさがあります。
サブキャラクターも ハチャメチャなキャラの音大の仲間から、欧州編では几帳面で求道者的な「オーボエの黒木くん」のような人物がクローズアップされてきます。
世界を舞台にすると、やはり生真面目なところが日本人の特長になるんですね。

欧州コンプレックスというのは、2種類の現れ方があるように思うのですが、一つは「欧州のほうが優れている」と思い込むのが一つ。
もうひとつは逆に、なにかとケチをつけて「日本のほうが優れている」とか「日本のほうが精神性は上」とか言って、欧州の優れたところを見ようとしないのがもう一つ。

コンプレックスのない姿というのは四の五の言わずに「いいものはいい・・・」ということで素直に学び吸収する。そういうことじゃないだろうか。そんなことを思いました。
そういうまじめな姿勢が日本人的、日本的なんですよね。

そしてもうひとつ大事な事を発見。
カトリッククラシックは、共に欧州で育まれたという点で「日本における存在の仕方」が似ていると思いました。
私がクラシックに惹かれ始めたのは芸術性だけではなくこの存在の仕方の近似性に親近感を感じた事もあるのかもしれません。

あたりまえといえばあたりまえの事なのですがクラシックのミサ曲というのはカトリックのミサのための曲なんですよね。
残念ながら現在の日本のカトリック教会で、聴ける事がほとんどないということはやはり歪な感じです。
もっとクラシックのミサ曲やグレゴリアンが日常的にミサで使われたほうがカトリックは理解されやすいと思います。

私は、人為的に日本的なイメージの旋律にしようとした聖歌とか、若い世代が親しみやすいようにした聖歌とか、そういう小細工みたいなものが、今の日本のカトリック教会を俗化、矮小化させてしまったように思うんですよね。

「のだめ」の登場人物たちのように、欧州の伝統、本流に、まっすぐぶつかっていけばいいと私は思うんです。

キリシタンの時代の渡欧者もきっとそうだったと思います・・・

途中で話が変わってゴチャゴチャになりながらこれで今回は終わります。「のだめ」評論でした。


日野原先生の事を書いて、ホスピスの事を思いました。
ホスピスが提唱されてからかなりたちますが、まだまだ身近な存在になっていないということも日本の医療の問題のように思います。

私の両親は、共にもう後期高齢者なので、病院によくお世話になるのですが、なかなかいい病院いいお医者さんと出会えない。

病院の雰囲気も殺伐としたところが多いですね。

医者のなかには、威張るのは一人前のくせに、患者への接し方がひどいヤツがまだまだいる感じ。
人間が「職業」で尊敬するとカンチガイしているバカ医者が少なくないんでしょうね。

もちろん、いいお医者さんもいます。
私はメンタルな部分できちんと患者を癒せるお医者さんが名医だと思います。

高齢者はどんどん増えているから、ホスピスの重要性は増々高まっている。自宅で亡くなる人は少ない。

ほとんどの人は病院で亡くなるのですものね。

3大レクイエムフォーレのレクイエムは、モーツアルトとは違って、全般的に穏やか。
この穏やかさをもってモーツアルトよりフォーレを絶賛する方も多いようです。

聖路加国際病院の、あの日野原重明先生もフォーレのレクイエムのファンのようで、御自身の死はフォーレレクイエムのピエ・イエズスを聴きながら迎えたいというような記事をちらっとどこかで読みました。

正直なところ、大ミサ曲ハ短調などの激しい曲を聴いた後だったので、少しさびしすぎて、私はちょっと・・・・・

趣味嗜好の違いと言えばそれまでですが、もしかしたら日野原先生と私とでは、死を直視する経験と心構えのレベルが全然違うからかもしれないとも思いました。
日野原先生は理事長として聖路加国際病院でホスピスを運営されているからです。

先生の本のお話の中に、聖路加のホスピスでガンでなくなられた徳永健一郎さん(NHK交響楽団の首席チェロ奏者)の最後の演奏会のお話があります。
徳永さんがいよいよ最後のときにチェロを弾いてみんなに別れを告げたいと話されたとき、日野原先生は、ホスピスのなかで演奏会を設定されたそうです。
お弟子さんなど100人程の聴衆のなかでの演奏。
日野原先生は「お葬式のときは、この方はおられない。この演奏はみなさんとのお別れの告別の演奏。非常に意味のある演奏です」と話されたといいます。
徳永さんが最後に演奏なさったのは、カザルスの「鳥の歌」という非常に穏やかな曲。
目に涙をためての演奏。神々しい顔だったという話もあります。

御自身でもピアノを演奏され、音楽を深く愛される日野原先生ですが、先生のおすすめは、音楽療法学会の理事長をされているだけに、やはり穏やかな曲がベースです。

私でも、フォーレのレクイエムの良さが解る日が来るのでしょうか?
来るような気がします。
いつの日かわかりませんが、なんとなくそんな気がします・・・

「エマオの晩餐」の記事が好評でしたので、今回は関連記事のご紹介。少しマイナーだった記事もおりまぜて・・・

「エマオの晩餐」でカラバッジョに興味を覚えた方は、
「聖マタイの召命」http://blog.livedoor.jp/kenitchie/archives/3558435.htmlもどうぞ。

「不思議な絵」に興味ということでは、
「幻の舟」http://blog.livedoor.jp/kenitchie/archives/cat_102519.htmlをどうぞ。狩野永徳の「安土城屏風絵図」をテーマにした阿刀田高さんの傑作ミステリーの紹介。

「蟻の話」http://blog.livedoor.jp/kenitchie/archives/cat_50218.htmlもおすすめ

「不思議な情景」ということではコレかな。
「信じられないような情景」http://blog.livedoor.jp/kenitchie/archives/cat_50218.html

上野の国立博物館の「親指の聖母」、西洋美術館の「悲しみの聖母」「地獄の門」の関係の記事もお勧めしたい感じ。

今回は自画自讃です(笑)拙ブログの記事のご紹介でした。

テレビ番組「いきなりコージ」という番組で「プロビデンスの目」のついている「エマオの晩餐」の絵がとりあげられたようで、検索「エマオの晩餐」で、拙ブログに新しく来られた方が一時的に急増しました。

一期一会といえば聞こえがいいですが、駄文にあきれて立ち去られるのはやはり寂しい・・・

「検索→最初の訪問」
を大事にしないといけないとあらためて思います。
「リピーターとなってまた来てくれる」ためには、もっと文章力を鍛えるしかありませんが・・・
ブログも公共の場と思えば、世の中の話題を共有するというのも大切なのかな。話題が独りよがりなテーマになりがちなので・・・

当初は「キリシタン武将の人物伝」でスタートしたこのブログも、アレコレ書いているうちに漂流し「海図なき航海」のような自分でもどこに居るのかどこに行くのかわからん状態・・・

日本は、震災から半年。台風12号の被害も、想像以上の酷い状況となってしまいました。やはり今年は日本にとって国難の年です。

鎮魂と慰霊の意味を考え また「レクイエム」へ話を戻したいと思います。

ひとりごとでした・・・



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