カトリの日記

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

2010年08月

岩下壮一神父岩下壮一神父の事に少し興味を持って、「人間の分際」という伝記を読み終えたところなんですが、こんな凄い人がいたのかと驚いてしまって放心状態・・・・・

岩下神父ご自身が書かれた本を読まなきゃ!と思ってアマゾンで検索をしたら、全部絶版!!
みんな古本でチョー高い!!!

文庫本でも3000円以上ですものね。
2冊で7000円以上。

泣く泣く注文しました・・・・・
カトリック系の出版社で是非復刊して欲しいところデス。

自分とは意見が異なる人々に対し耳をかたむけるということは大切な事でよく知ったうえで理性的に相手の主張を判断しなければならないと思います。(なかなかできないことなんですけどね。。。)

そんなこともあって「けんきょカト連(憲法・教育基本法を守ろう!カトリック連絡会」http://kenkyokatoren.seesaa.net/なんていうブログを久しぶりに拝見してみました。

やっぱり気が滅入る・・・・・

以下の赤文字はその引用ですが・・・

急激に“右傾化”が進んでいる。卒業式・入学式で「日の丸・君が代」が強制され、教師たちの言論は、厳しく統制されてきた。
その「教育の統制」の巨大な流れに独り毅然と抗い、“教育現場での自由と民主主義”を守るため、弾圧と闘いながら、“私”を貫く教師たちがいる。


卒業式・入学式の「国歌斉唱」で不起立を続け、3年にわたり、「6ヵ月の停職処分」を受けてきた。
「『教員を続けるために起立しては』と言われるけど、私は『今の状態は危ない。上からの命令に黙って従うことは恐ろしい明日を創ってしまう』と子どもたちに身体ごと訴え、伝えていく責任があります。それが今一番必要な教育だと思っています」


キリスト者として、天皇制につながる「君が代」伴奏を拒否し、何度も理不尽な異動を強いられてきた。
「辛いと感じる自分の存在に意味があると思えるようになりました。カナリヤが炭鉱の危険を知らせるように、強制がもたらす苦しみ、今の学校の危険、この国が進む方向の危険を知らせる役割を担うことができれば幸せだし、それが私の役目だと思えてきたんです」


私は、日の丸だろうと君が代だろうと外国の国旗国歌であろうと国歌国旗に敬意を示さなければならないのは当然のマナーだと思うんですよね。
なぜマナーを守る必要がないのか?理由が全くわからない。
基本的なマナーを教えられなくてどうして教師が勤まるのか???
業務命令だったらルールでもあるわけで「範を示すべき教師が自らルールをやぶってどうすんだ!」って感じ。
組織の秩序を守るために処分は当然。処分しなかったら校長の管理能力が問題だと思う。
思想の問題ではなく単にケジメの問題ですよね。
どうしてもイヤなら教師を辞めればすむ話なのにね。

こういう甘さがサヨクの感性。まるで子供のまんま。
いつも自分が被害者になって、なにかに酔いしれたような文章書いて、みっともないよねえ。
思想の問題ではなく感性の問題だな。

「甘ったれた根性がイヤだ!」

「いつでも自分が被害者っていう負け犬根性がイヤだ!」

「筋をとおさないで身勝手にふるまうケジメのなさがイヤだ!」


「我が子よ!こんな駄目な大人になったらあかんでえ〜〜」
などとこちらも理性的ではなく感情的な反応になってしまうのでした。

同じカトリックとしてこういう甘ちゃんとどう接したらいいのか・・・

頭が痛いねえ〜。



美しい自然3前々回の記事で宮津教会の訪問記をアップしましたが、丹後地方はほんとにいいところですね。

なにしろ海がきれい。
砂浜が多く、それも遠浅で広い!!


美しい自然4そして、なぜなのか海特有の海水のベタベタが少なくて水も砂もサラサラしてます。

夕日を見る名所が多いのですが、この写真は浜詰海岸の夕焼けです。

美しい自然1夕日が沈むときに太陽は様々な表情を見せてくれました。

雲の中にちょっと入ると左のような感じになります。
月光みたいですよね。


美しい自然5一眼レフタイプではない普通のデジカメですがきれいな写真がいっぱい撮れました。

デジカメは躊躇せずにバシャバシャ撮れるからいいんでしょうね。

本当に美しい夕日を満喫しました。

神様の創作物はスケールが大きいですよね。
万人を感動させる力があります。

しかし、なぜ人はこのような大自然の光景を美しいと感じるのでしょうか?不思議ですね。別に感動しなくてもいいのに感動してしまう・・・

人間を超えた存在を感じるからでしょうか?
ただし無神論者も感動するとは思いますが・・・

私は、この神様の造ったすばらしい創造物を賛美したいと思います。

「無神論者は感動しなくてもけっこう」などと思ってしまう偏屈な私です・・・

今回は、ちょっとふつうのブログらしい記事でした。

8月15日は終戦の日。

カトリック教会では、聖母マリアの被昇天の祭日。
そして聖フランシスコ・ザビエルの鹿児島上陸の日、つまりキリスト教が日本にもたらされた日でもあります。

今までおろそかにしていたこともありましたが、今では大切な日である事を感じるようになってきました。

戦争では日本人だけでも200万人以上の人が亡くなりました。
カトリック信者でも、この日は靖国神社に行かれる方々がおられるようです。肉親を失われた方の気持ちを考えれば、お墓参りをするのと同じわけで、その心中を思う必要があると思います。

被昇天の御ミサ以外のところでは、それぞれがそれぞれの方法で不戦を誓ったり平和について静かに祈ればいい。そんなふうに思います。

私は知りませんでしたが、終戦直後の靖国神社の存続について、イエズス会のビッテル神父がGHQに対し存続を主張し、残されることになったという話があるそうです。

昨年度、カトリック正義と平和協議会の行事が「靖国神社の遊就館を揶揄するような企画」と受けとめられ、保守派の市民団体が聖イグナチオ教会に猛烈な抗議をするという事件が起きました。
まだ記憶に新しい出来事です。

中国、韓国の反発。政教分離。ややこしい問題があることは承知の上ですが、「国のために亡くなられた方々を崇敬する」ということや「靖国を大切に思う方々の気持ちを大事にするという礼儀」は、絶対外してはならない事なのでしょう。

ここまで書くと「お前は靖国には行かないのか」と言われてしまいそうなのですが、実は申しわけない事に一度も行ったことがありません。
今年も行きませんでした。遠いというのが一番の理由ですが、どうしてもひっかかってしまうことがあります。

西郷さんです。

西南戦争で祀られているのは政府軍だけです。
南九州の血をひく私には、薩軍の人達は他人には思えず、賊軍扱いならばしばらくご遠慮申し上げますという変な意地・・・

些細な事にこだわるなと言われそうですが、西郷さんや薩軍兵への「惻隠の情」です。
これは日本と戦った国々の人に対してもそうかもしれませんね。

靖国神社は残しつつ千鳥ケ淵戦没者墓苑も活かして、亡くなられた方々の慰霊、平和記念のメモリアルがうまい形で整備される事を願いたいと思います。

夏休み、お盆の時期になりました。
旅行や里帰りをされる方もおられると思います。
移動する機会が多い時ですね。
私も家族と共に丹後を訪れました。

せっかくの丹後なので宮津教会を再訪しましたが・・・しかしながら新めて感じましたが凄いですね。宮津教会は!!

第一級の伝統様式。
オーセンティックさでは長崎の教会と変わらず、ヨーロッパの聖堂を訪ねているような錯覚さえしました。
ステンドグラスの効果がすばらしく荘厳な雰囲気で満ちている。

明治期の教会ですので文化財としての価値もあり、観光客が絶えないようですが訪ねたときはどなたもおられませんでした。

イエズス様やマリア様が目の前におられるような荘厳さや、先人達の心意気や苦労などが頭をよぎって、感動のあまり少し涙がでました。
静かにお祈りができたことは幸せでした。

聖堂をでた後につくづく感じたのは、やはり受継いでいくことの大切さ。
江戸時代の弾圧で根絶しかけたカトリックが(根絶しなかったのは奇跡ですが・・・)根づいたのは、やはり明治期の再宣教のおかげ。現代のカトリックの黎明期であるこの時代を、もっと知らなければならないと痛感しました。

私が聖堂をでた後、カトリックではない?普通の観光客らしき人たちと入れ替わりになりました。
少し複雑な心境になりましたが、明治期の遺構を一目見ようという素朴な好奇心ゆえの見学、見物?ですよね。
物見遊山といえばそれまでですが、第三者の視点で見れば自然な事ではあります。
「明治期の歴史資産ということで愛されるということも、カトリックの日本への土着の姿、福音宣教の第一歩なのかな」というようなことも思ったり考えたり・・・

家に帰ってから宮津教会をググると、大頂寺のご住職の方の宮津教会紹介のホームページがでてきた。
「信者さんには神聖な場所なので常識あるお参りをしましょう。」なんて事も書いてあって、「やはり宗教者は違うな。とってつけたような変なエキュメニカルでなく自然な姿だなあ」とか感じたり思ったり・・・

いろいろ考えさせられた宮津教会訪問でした。

「日本の伝統聖堂100選」をエクレシアンさんにバトンタッチしましたが、非常に大切な事だと再認識しましたので、がんばってもらうようにハッパをかけていこうと思いましたデス。

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