カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

2010年05月

私は信仰が薄らいで休眠していた時期がかなりあり、今のミサの昔との所作の違いに戸惑う事があります。

といっても、もともとあんまり熱心ではなかったから昔の所作にも自信が持てないところが多いのだけど、聖変化の時の跪きはやはり今でも続けています。

しかし今、小教区のミサでは、跪く人はほどんどいません。

跪くとき少し気になってるのがそのタイミング・・・
司祭の「まことに聖なる・・」で跪き始め、主の祈りの直前に終えてるのだけどいいんだろか?

皆さん跪かないから相談する人がいない。

「ならば、今のやり方に合わせて跪きはやめなさい」と言われそうですが・・・

いろいろと典礼所作が変わることに対し、正直なところ納得がいかない。意地でしょうか?せっかく跪きの台があるのに、何のためにあるのか?とも思う。

そしてもう一つ気になる事。
聖変化のとき深く頭を下げるけど、私の場合は司祭がホスティアを高く掲げた時なんですが(子どもの時、公教要理で習った。)
ところがもう少し後で頭を下げる人もいる。昔は侍者が鈴で合図してくれてたからずれることはなかったのにね。
今は、いろんな所作が混在してしまってはあまり良くないとも思うが・・・

上記の跪きなどのタイミングの件。詳しい方、教えていただければ幸いです。

実は私、こういうことがいっぱいあるので、新シリーズ「いまさら聞けないけど聞きたい(伝統の)典礼所作」を始めます。「確かこうだったんじゃないの」というようなあやふやコメントでもいいので、 みなさん是非いろいろお教え下さい!



「親指の聖母」の絵。シドッチ神父と新井白石。
しだいに好奇心が増幅してきました。
ミステリアスな部分がとても多い。

例えば

1.シドッチ神父対応策に対し、なぜ新井白石は処刑や幽閉ではなく本国送還を上申したのか?

2.なぜ、この絵は廃棄されずに残ったのか?

3.なぜ、マリア様は親指以外の指を隠されているのか?

不思議な事ばかりです。

新井白石の上申した対応策は以下の内容。

  1. 上策 本国送還 これは難しく見えるが、一番易しい。
  2. 中策 囚人として幽閉 これは簡単なようで実は難しい。
  3. 下策 処刑 これは簡単なようで実際、簡単。
この対応策は、それまでの切支丹、特に伴天連(宣教師)は見つけ次第拷問、転ばせる(キリスト教信仰を捨てさせる)ことが最良という従来の方針からかなり軟化している。
処刑を一番簡単としながらも、下策としたのは
おそらく「処刑し殉教となれば、また殉教を望む宣教師の訪日を誘発する。それは困る」ということかもしれない。

しかし、この「親指の聖母」の御絵を一度見てしまうとそれだけではないような気がしてくるんです。
新井白石もやはりこの絵を見ていました。
白石はこの絵をラフに模写し「此女の像年の比四十ちかきほどに見えて鼻みねたちてうれはしき面躰也」
という言葉を書き添えていたそうです。

白石がシドッチを生かしたいと思い、また「親指の聖母」の絵が現代まで残った事実を思うと
以前私がこのブログで紹介した「幻の舟」の話みたいなのですが、「たぐいまれなき美しい絵には不思議な力がこもっている」などということを私は思ってしまうのです。

新井白石の上申にも関わらず、シドッチは(ゆるやかではありましたが)幽閉され、後に世話係の老夫婦に洗礼を授けてしまったことで、責めを受け獄死、殉教・・・となります。
白石が有名な「西洋記聞」を書いたのは、シドッチの獄死の後だったようです。
白石にしてみれば「だから申し上げたではござらんか」という喪失感があったのかもしれません。

シドッチと新井白石と「親指の聖母」の絵。不思議な関係に興味を惹かれ引き込まれます。

シドッチが日本の信徒のために持ってきた、このマリア様の絵は今、東京上野の国立博物館に所蔵されているようです。

親指の聖マリアこの絵は、江戸中期の禁教令下の日本に宣教のため訪れて江戸切支丹屋敷に幽閉されたシドッチ神父の遺品で大変貴重な歴史資料。

東京上野の国立博物館にあり重要文化財。「七つの悲しみの聖母」画の「親指の聖母」という絵です。

私もこの文庫本の表紙でしか見た事ないんですが、我々が目にするマリア様の姿で美しい絵ですね。

「七つの悲しみの聖母」ということだから、他にも6点のマリア様の絵があるのだろうか?本物の絵を是非見たいです。

博物館ではなく、御絵として教会にあったほうがいいのか?
保存を考えれば博物館にあるほうがいいのか?
どちらがいいんでしょうね・・・・

キリシタン時代のマリア様のイメージに対しては、何となくマリア観音のイメージを持ってしまいがちだけど、このような御絵を見ていると、仏教の観音様の姿をしているマリア観音は、やはり弾圧迫害があった経緯から生まれたマリア様の姿でなんでしょうね。

弾圧に苦しんだキリシタンのご先祖様達の心中を思えば、マリア観音も大切なマリア様の御像ですが、私にとってのマリア様のイメージと少し違う。
「マリア観音は日本人が心の深層で求めるマリア様の姿」というような論を読んだような気がしますが、少し強引なように感じます。

ところで、このマリア様の親指。印象的ですね。
なんで親指だけがでているんでしょうか?不思議です。

シドッチ神父の詮議をした新井白石は、処刑や幽閉は愚策と考え祖国に送り返したかったらしい。
白石はキリスト教の感化は受けなかったけど、シドッチ神父に儒学者の知識人として接したという事実は、過酷で陰惨なキリシタンの迫害の歴史のなかで比較すれば、少しホッとするものがあります。

「親指の聖母」の御絵はそのようないきさつから現代に残りました。新井白石も見たのでしょうね。


聖遺物とかご聖体について書いたためか、「天草四郎陣中旗」のことを思い出しました。amakusasirou zinntyuuki 11

正確には綸子地著色聖体秘蹟図指物(りんずじちゃくしょくせいたいひせきずさしもの)とのことで、国の重要文化財に指定されています。
島原の乱のときの一揆軍の軍旗。
天草四郎の唯一の遺品といっていいのではないでしょうか。

ただ1人生き残った山田右衛門作が描いたとされていますが、祝祭で使われていた旗を軍旗にしたとの説もあり真相はわかりません。
焼けたりはせず、ほぼ完璧な姿で残っていますが血痕や弾痕がついているようです。


およそ軍旗には似つかわしくない静かで均整のとれた図柄。
細部は粗さがあるものの美しい構図です。

上部にある文字は古ポルトガル語で「いとも尊き聖体の秘蹟ほめ尊まれ給え(文化庁訳)」と記されています。
400年前の信徒のご聖体に対する思いが伝わってきます。
ホスティアやカリスの形が、現代のミサで使われるものと驚く程似ている。というか全く同じ。
歴史の重み、正統ということを考えさせられます。

日本の風土への土着化と称して不可解なごミサが行われている教会があるようですが400年前のこの旗を見て、変えることの軽卒さに思い至ってほしい。
土着化とは創造するものでなく継承する事によって成されるもの。
歴史の積み重ねの力にまかせられるべきものと私は思います。

この旗に3万7000人の人々が思いをよせ、天草四郎と運命を共にしました。
圧政に対する反乱という性格から殉教者とはされてなく聖人ではありませんから、カトリック教会の聖遺物ではありませんが、私の心のなかの
聖遺物です。

天草島原のカトリックの人にとっては、私以上に非常に重要な遺物で「天草四郎陣中旗慰霊祭」が行われているようです。

今回は聖遺物について

日本の教会には、どんな聖遺物があるのでしょうか?
鹿児島のカテドラルには聖フランシスコ・ザビエルの聖遺物があると聞いた事があります。
おそらく26聖人の聖遺物もどちらかの教会にあると思うのですが、恥ずかしながら詳しくしりません。

欧州では、やはり永い歴史があるから、聖遺物が多いですね。「聖十字架」「聖衣」「聖骸布」「聖釘」「聖茨冠」・・・・
「聖茨冠」はパリのノートルダムにあるらしいけど気づかなかった。
「聖骸布」以外はほとんどかけらみたいに小さいけど、現世に存在しているという事に興味を引き立てられます。

「聖杯」や「聖槍(聖ロンギヌスの槍)」はいろんな伝説を生んでますよね。
アーサー王の話はいうまでもなく、シャルルマーニュ帝の剣にも切先に「聖槍」が使われていたとされているそうです。
バチカンにはミラノ勅令のコンスタンティヌス大帝の聖遺物箱があり、そのなかには「聖釘」やら「聖槍」やらごっそり(ごっそりというのは不謹慎か・・・)あるらしいですけど、コンスタンティヌス大帝の聖遺物箱があるということがスゴいですね。ミラノ勅令は4世紀ですよね。

聖遺物を見たいとか書いていると聖トマスの事を思い出してしまうのですが、キリストは「傷口を手でさわるまで復活を信じない」と言った聖トマスに御傷を触れさせ、有名な「見ないで信じる者は幸いである」とおっしゃられるわけだけど、「見ないと信じない者」に傷口を触れさせるやさしさを示された。「見て信じた」聖トマスは殉教しますよね。
見たいと思う気持ちは信じたいと思う心の表れで人間らしさがあります。

我々も復活されたキリストと日常的にお会いしているんです。ごミサの聖変化を通じて、ご聖体の姿で・・・
ご聖体を信じる事は聖変化を信じる事。聖遺物も何か近いものを感じます。ご聖体や聖遺物はゆめゆめ疎かにあつかってはならない。
聖変化の神秘性が失われて、なんか「○○さんを偲ぶ食事会」みたいになってしまったら、もうそれはカトリックじゃない。
菓子パンをご聖体に見立ててミサらしき事を行っている罰当たりな人がいるらしいですがとんでもない話ですね。

いと尊き聖体の秘蹟にましまし給うイエズスは讃美せられさせ給え!!

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