カトリの日記

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

2010年04月

「日曜日に教会に来ている時だけが信徒なのではなく・・・」というメッセージが、よく高位聖職者の方のお話にでてきます。

耳にいたい話です。

信徒といえども職業人。いろんな仕事をされている方がいるはずですが皆さんはいかがでしょうか?

医師や看護士などの生命を守る仕事や、農業とか漁業とかの自然相手の仕事では、宗教が頭をかすめることがありそうですね。
介護や福祉、教育、警察消防、もそうかな?
ひと相手の仕事ということでは、もしかするとバーのマスターとかも・・・

でも私の仕事のような普通のビジネスの世界では、せいぜい「誠実である事」というぐらいかなあ・・・
宗教が頭をよぎるほどドラマティックではなく、信徒であることを意識しないですんでいるのでしょうね。

それでも、聖書の一節一節が頭の中にきちんと入っていると、日常の仕事の場でも、その一節が思い浮かんだりするのかもしれないから、もう少し聖書を読まなければと思います。
聖書は難しく「なぜ?」のままで止まっているところも多いから、そういう箇所の謎解きをしていかないといけませんね。

現時点のわたしにとっては、俗なる時間から離れて、聖なるごミサに与ることが、ささやかな刺激・・・

フィーリング信徒ですいませ〜ん。





環境先進企業として有名な、ある企業経営者の方の講演で、非常に興味深い話を聞きました。

17世紀の後半、ドイツのフレデリック二世という王様が行ったある社会実験の話。

ちょっと残酷な話で、その王様の感覚は現代人の感覚からするとかなり問題なんだけれど、今回はその社会実験の結果のみ話題にさせて下さい。


言語学者である彼は、言語の習得は外部から教えられて会得するものではなく、遺伝子的に備わっているものと考えていた。

そこで彼は、その考え方を実証するため、赤ん坊を使い社会実験をするわけなのだけど、その実験というのは、「赤ん坊が泣いても、話しかけたり抱きあげたりしない。食事と排泄という生理的な世話は充分に行うが、そこで言葉のやり取りは行わない」というもの。

実験の結果は、身体の発育には理想的な環境であったにもかかわらず、赤ん坊は次々に死んでしまったそうです。

予想もしなかった結果に、王様も驚いたと思いますが、
この話を現代の大脳生理学の専門家が分析すると
自分を受け入れてもらいたいという受容欲求と誰かとかかわりを持ちたいという関係性欲求が満たされないと、脳が不活性化し身体の諸機能が正常に作動しなくなるということらしいのです。

自殺や病的な事件が非常に多くなってしまった現代の日本。

この「孤独では生きられない」という話と何か関係があるように思えてきます。



これは4/13日のSANKEI EXPRESSというタブロイド判新聞の一面のタイトルです。
昨今、急増している児童虐待についての記事なのですが驚きました。

児童虐待のイメージは、「再婚したあとの継父母で、20才前後の若い未熟な親」というステレオタイプ的イメージを持っていたのですが、実母60.5%実父24.9% 合わせて実父母84.9%・・・・
ほとんどが実の親です。

もっと恐ろしいのは、1991年は1101件だったものが2008年には42664件に増加。(児童相談所が対応した件数)約39倍!

このままでは日本はもう滅亡します!!

記事では、東京都心の29階に住む36才の母親(実母)など、所得も豊かで必ずしも人生経験が未熟とは思えない層の例もありました。

何故なんだろう。

「密室の子育て」「核家族化」「地域社会の弱まり」など社会構造の変化は確かにあると思います。

ただしそれだけではなく価値観の変化も大きいのではないだろうか?
「社会進出しない女性は時代遅れ」「産む産まないは女の自由」など子どもの存在を疎んじるような時代の雰囲気・・・・

子どもは優等生ばかりじゃないし、特に赤ちゃんはコントロールなんかできない。受け入れるしかない。

制御できない存在として子どもを疎んじる背景には
行き過ぎたフェミニズムが大いに原因としてあると思います。

wikipediaに下記の記事がありました。
全く賛同。

マザーテレサは、やはりすばらしい!!

以下wikipedia引用
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「彼女たち(フェミニストの上野千鶴子氏および大沢真理氏を名指し)は少子化対策に寄与するどころか、結婚し、子供を産み育てる女性を憎悪し、家事や育児 や地域の活動を担う専業主婦を徹底的に蔑視するという壮絶な怨念をもって、家族を解体し、少子化を結果的に促進させようというイデオロギーの持ち主であ る。」(山下悦子『女を幸せにしない「男女共同参画社会」』p27)
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「私は、なぜ男性と女性が全く同じであり、男女の間の素晴らしい違いを否定する人たちがいるのか理解できません。」マザーテレサが、北京会議(第四回世界女性会議)へ宛てたメッセージ。マザーテレサは母性を神様が女性に与えた素晴らしいの贈り物と見なしており、男女の違いを考慮せず対等に扱うフェミニズム・ジェンダーフリーに対する批判と思われる[10]




「ディープ・エコロジー」アラン・ドレングソン/井上有一 共編

書棚を整理していて、久しぶりにこの本を手に取りました。

この本はある人から「読めば人生観が変わる」とまで言われたので、試しに読んでみた本なのですが、これがまた難解だった!

ノルウェーのアルネ・ネスという哲学者/環境思想家の講演などをまとめた本なのですが、私にとっては難しすぎて、人生観まで影響したかは残念ながら微妙・・・・

難しくてわからなかった本を、ブログのネタにするというむちゃくちゃな事を、今してるのですが(笑)印象には残った!

現在エコロジーは重要課題として、政治経済などあらゆる面で影響を及ぼしていますが、課題解決としての動きです。
地球温暖化防止、環境保全のため、リサイクルや省エネ、脱化石燃料化を推進するという感じですよね。

アルネ・ネスという人は、こうした動きをリフォーミズム(シャロー・エコロジー)として位置づけ否定はしないのだけど、「現在の環境問題は既に技術的な対応を超えたところにある。経済の拡大、不断の経済成長を肯定していては真のエコロジーにはならない。社会問題の根源に目を向け価値観を転換しなければならない」と提唱されてます。
「文化は特定の土地と切り離せない」「自然のなかに存在する自分を見いだす」「全ての生命は親密な関係で結びつく」ちょっと哲学的な感じで、気になるキーワードがバンバンでてきます。

もう一回読めばもう少し理解できるだろうか?

確かに気になった本ではありました。

書棚を見るのは楽しい。

見ていると、何を求めていたのか、何を探していたのかを思い出します。

書棚の本の背表紙は、自分の頭の中、心の中の表れ。
頭の容量不足で残念ながら理解できなかった本も多いですが・・・
感動した本は、思い出と結びついて、もうかけがえのない財産。
絶版も多いですものね。

「中身が同じなら安い本」ということで文庫が多いですが、書棚に並ぶとハードカバーの良さを感じます。やっぱり探し易いし存在感がある。

ジャンルごとに並べ変えたいんだけど高さが揃わないから、「これはこっちで、これとこれを仲間にして」などとやっているのも頭の中が整理されていくようでこれまた楽しい。
家族から「『本の並べ替え』という趣味もあるのねえ」と呆れられる。もっとも忙しくてなかなかできないのだけれども。

実用書もあれば、小説もある。マンガでもいまだに捨てられない本がある。
最近はカトリックについての本がずいぶん増えました。

Kindleとかipadとかが話題になっています。
電子ブックというものがいよいよ現実の姿になってきました。
書棚整理の楽しみはなくなるかもしれませんが、全ての本が手元にあるというのはスゴい。ちょっと違う魅力ですね。

もっとも、わざわざ電子ブックで買い直すわけにはいかないから、この書棚の本は、そのまま残ることになりますが・・・・

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