カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

2010年03月

アニメの話から一転して堅い話。

経済を見るときに、世界を見渡してトレンドを見なければならなくなったように、好むと好まざるとかかわらずグローバル化というものは、私たちに影響を及ぼしており、これは年々強まっています。

教会もそうです。

カトリック教会はもともとグローバルですが、今では身近な小教区でもアジアや南米など外国の方の姿をあたりまえのように目にするようになりました。

国境を超えた人の往来が増えている現状を踏まえて私たちも変わらなければならないのですが、そのコアにくるものは、やはりバチカンでありラテン語。
ラテン語は意味はわからなくても同じ祈りを唱えれば心が通じ合います。
意味は日本語のほうで反芻すればいい。

やはり伝統に回帰することがカトリックのグローバル化です。

バチカンも、このカトリックの伝統の部分を強化しようとしているようなのですが、この事に関して興味深い記事を目にしました。

現在ヨーロッパで進んでいる聖公会とのエキュメニカルな動き。
伝統的なアングリカンは、いき過ぎたカトリックの改革派などよりも伝統に忠実で、どうやら30人弱の聖公会主教様がカトリックに戻られる可能性があるとの事。
カトリックに戻られた際には属人区司教としての立場になられるのではないかという話なのです。
聖公会からのリターンは、トニー・ブレア元首相もそうですね。

さらに衝撃的な話は、聖ピオ十世会も、同様に属人区になる可能性があるとの記述がありました。

現在ではオプス・デイが属人区ですね。
属人区がキーワードになるのでしょうか?

海外の話ですが、これは日本のカトリック教会にも大変な影響を及ぼすような気がします。

来るべきカトリック教会の近未来の姿。
想像力をもって暖かく迎え入れる準備をしなければなりませんね。
この事を前提にして、教会の一致と平和をお祈りしたいと思います。
ただし正式なバチカンの発表を見なければなりませんが・・・

この記事なんですが、本屋で立ち読みした本に書いてあったんですが、もう一回見て、書名と出筆者をひかえておこうと思います。

さていよいよ聖なる過越の三日間とご復活祭が近づいてきました。
ブログのほうもそちらに気持ちを集中したいと思います

アメリカがハリウッドという文化資産を使ってのビジネスに成功しているのを受け、日本も対抗して漫画やアニメで「クールジャパン」を打ち出そう!としています。

日本人として応援したい事ではあるのですが、実は私は、その中身についてはかなり懐疑的です。

国民的な支持を受けている宮崎アニメも、技術的なところでは関心することはあるのですが好きではありません。

宮崎アニメ、何か不可解な世界観を押し付けられる暑苦しさのようなものを感じます。
登場人物がなんか変にクセがある。
ストーリーも変に凝り過ぎて複雑過ぎ。

かろうじて受け付けられるのは「となりのトトロ」と「風の谷のナウシカ」ぐらい。
ナウシカのころはまだクセのある登場人物は少なかったけど、それでもストーリーはかなり複雑すぎでした。

「千と千尋の神隠し」の美術は醜悪そのもの。グロテスクさが偽悪趣味で不快でした。

しかしなんといっても一番いやなところは、親子の情愛が淡白なところ。親が変にさめてて共感できない。「となりのトトロ」ですらそれを感じます。アニメは子どもへの影響力が強いので、宮崎アニメの「親子の情愛が淡白さ」はかなりひっかかります。

やはり私は宮崎駿という人の世界観には共鳴できないし、その個性が善くも悪くも出過ぎで辟易します。

そんなこんなで、自分の子どもにも見せたいいいアニメはないか探してたんですけど、以前より気になっていた「劇場版 フランダースの犬」を見てみました。

これは良かった!

大人が見ると、表現が子ども向けで、実写に比べ感情移入に時間がかかりますが、舞台であるベルギーの街や自然の描写が美しく、日本のアニメ技術のレベルの高さを感じます。ゴシックの大聖堂の感じも良かった。

要所要所でジーンとなりました。「フランダースの犬」は宗教を感じる話。ルーベンスの「キリスト降架」が効果的に使われ、聖週間を前に、いいアニメを見れて良かった。
やはり原作がいいんですね。

宮崎駿がいまひとつに感じるのは、キリスト教的ではないからなのかなあ? そこまでムキにならんでもと言われそうですが嫌いなものは嫌い。

宮崎アニメが好きな人には、かなり耳障りな事を書いてしまいました。
ごめんなさい。
偏屈なおじさんの戯言としてお聞き流しください。







天稚彦草紙20080626今回はカトリックと全然関係ない話。

この記事は2年前の日経の記事。
詩人 蜂飼 耳(はちかい みみ)さんのコラム。

天稚彦草紙絵巻の話です。

この絵、日本ではなくベルリンにあるようです。

鬼から「千石の米を運べ」と無理難題を押し付けられた娘が、天稚彦から与えられた着物の袖をふると、袖から無数の蟻が現れ・・・・(詳しくは文中。画像をクリックすると拡大)

昔の日本人の生き物に関する感性にびっくりしてしまいました。
何百年も前の日本人も、懸命に餌を運ぶ蟻をジイっーと見て、いろんな事を想像していたんですね。

せわしなく殺伐とした世の中、子ども達にもたまには蟻の行列をジイっーと見れる環境とゆとりを与えてあげたいもの。

もっとも、蟻は忙しそうにしているんですけどね(笑)

水浦久之さんのエッセイを読んでいたら、野首天主堂の献堂の時のエピソードが載っていました。

野首天主堂は五島列島の野崎島にある明治期の聖堂。
世界遺産の暫定リストにも載った鉄川与助氏設計の赤煉瓦の立派な建物です。

私は、当時宣教にあたっていたパリミッション会が立てたものと思いこんでいたのですが、そうではなく地元の信徒の献金で建てたそうです。

明治41年 野首教会信徒17世帯
離島のため産業はなく貧農貧漁の暮らし。
三度の食事を一食抜いて献金にまわした。
土運びやレンガ運びは信徒の仕事。

当時の鉄川組の大工さんたちは、この信徒達の貧しさを見て
「本当に建築代金が貰えるのだろうか?出来上がったら皆殺しにされるのではないか?」と語り合ったとの逸話があるそうです。

落成の日、ささやかな宴がひらかれ、大工さんたちは上座へ。
やがて、長老から約束の代金がふろしきにつつまれて差し出される。
当然のことなのに、大工さん達は男泣きに泣いたと言われています・・・
電車のなかで読んでいて、不覚にももらい泣きしそうになりました。

「聖堂」「信仰」「仕事」「お金」「約束」いろんな事を考えさせられます。

明治の日本人。明治のカトリック信徒。現代では考えられないこのモラルの高さ・・・現代人は、私も含め本当に堕落してます。

現代のカトリック信者は、長崎の古い立派な教会が、先人達の血を吐くような苦労のもとに建てられていること、決して忘れてはならないですね。

水浦久之さんの本 文章がやさしくあったかく、おすすめです。

ライオンとオリックスかなり前の朝日新聞の記事ですが、この記事は、私が大切にしている新聞記事。

少し見にくいかもしれませんが右は雌ライオン左はオリックス(草食動物)です。
(画像をクリックすると画像が拡大)

サーカスでも動物園でもありません。
野生の動物の姿です。
食べる側と食べられる側。弱肉強食のはずなのに!!

ライオンは5〜6才。オリックスは生まれたばかり。


いっしょに過ごしていたのは10日間ほど。
その間、赤ちゃんオリックスをねらうチータを追い払ったり、雌ライオンはオリックスを守り続けたそうです。

ただちょっとした隙に,この赤ちゃんオリックスは別のライオンに襲われ殺されてしまった。
この雌ライオンはしばらく悲しんで起き上がらなかったそうです。

この雌ライオンはこの1年前に子供を失い、群れからも離れていたそうです。

いたましい子供の虐待のニュースの後、この記事のことを思い出しました。

雌ライオンが示した赤ちゃんオリックスへの愛情。
何故・・・・・

ところでボウガンで襲われた奈良公園の鹿は死んだそうです。
肺まで矢が突き刺さっていたらしい・・・・・


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