カトリの日記

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。
キリシタンの時代から現代にいたるまでの「カトリックの日本人」についての記録や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
「伝統の断絶」と「政治指向」による躓きがある現在の日本のカトリック教会においては、ラテン語ミサの復興と普及が必要と考え、その実施に参加しています。

2009年12月

もう今年も暮れようとしていますね。
今年はいつもの年より、本当にいろいろあった濃密な一年でした。

昨年の夏ぐらいまでは休眠信者だったのに、何か目に見えない力にぐいぐいひっぱられて、教会にも復帰していつのまにか自分もブログまで書いてる。

「出星前夜」という本を本屋で見つけたあたりがトリガーだった。
全然違う本を探していたから不思議な感じだった。
手に取ってパラパラ見てたら、ぐいっと引っ張られてキリシタンの世界に引き込まれた。そんなときにちょうど列福式があって、子供のときから懇意の神父様が亡くなられて・・・

ブログを続けることができたのも、見続けてくださった読者の皆様のおかげ。
そしてmaggieさんには、多くのコメントでいろんな事を教えていただいて大変励みになりました。大変大変感謝です。
ステパノ・アクラさんとも、率直で素直なお話ができてとてもうれしかった。

大晦日はあわただしくブログを書けないかもしれないので、一応この投稿で一年の締めのつもりです。
皆さん、今年はどうも大変ありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

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<おわび>
「キリシタン人物伝」や「日本の名聖堂100選」の連載企画が
滞っていますが、投げだしたわけではなくまた再開するつもりです。
ゆっくりゆっくりやります。
すみません。ご容赦ください。


カトリック教会の信徒が初対面のとき、洗礼の話で幼児洗礼(ボーンクリスチャン)という話になると「そうなんですか!ご両親のときからご家族みんなカトリック!熱心ですね。」という話によくなります。

日本では、カトリック信徒は総人口の0.4%ぐらいなので、結婚するときから夫婦ともカトリックというのは確率的には低いはずで、カトリック信徒がほとんどという国などよりは、ボーンクリスチャンはあまり多くないと思います。上記の会話もそんな事も背景にあるのでしょうね。

実は「ボーンクリスチャンは熱心」というのは錯覚があって「家族全員が信徒になるということはご両親のどちらかがそれだけ熱心だから→熱心な親から物心つかない時からカトリックとして育てられたならばきっと熱心なはず」という思い込みがはたらいています。

ところが、ボーンクリスチャンというのは自分で信仰を選んでいないものだから、精神的な格闘をしてないんですよね。
体でおぼえただけの信仰というか空気みたいなところがあって、いろんな事をきちんと消化できていない。
公教要理も子供のときだし、信仰を自分で育ててなければあいまいなところが多いんです。
親からもらったものを棄てるわけにもいかず、なんとなくしがみついている人、多いと思います。

ただ子供の時からの思い出とともに自分の信仰がありますから、教会の空気が変わる事にはものすごく敏感。
子供の時はこうじゃなかった!!ってね。

えっ「幼児洗礼で熱心な信徒の人もいる」ですって?
わたしのいうのはあくまで一般論です・・・すみません。

ところでボーンクリスチャンのこと「ボンクリ」っていうらしいですね。

えっ「お前はどうなんだ」ですって?
そうなんです。なんとなくカトリックにしがみついているほうの「ボンクリ」です・・・
ハンドルネーム「ボンクリ」にすればよかった(笑)

今年ももう終わろうとしています。
みなさん。よいお正月をお迎えください。

光がなければ、何も見ることができない。
進むべき道がわからず闇夜の中をさまよってしまう。

こころのなかも光が必要なんだと・・・

クリスマスの意味をかみしめてクリスマスイブのミサに与りました。

諸聖人の連祷もありました。
カトリック教会が光をともし続けてこれたのは、諸聖人や先人達のおかげ。
唱えているとジーンとなってくる。
諸聖人の連祷は不思議な力がありますね。

みなさん。クリスマスおめでとうございます。

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ところで、なんで今日は訪問者カウンターが882人なんだろう?
エラーだと思うんだけど・・・・不思議。
まあいいか・・・
もしかして私へのクリスマスプレゼント?
多くの方に来ていただきまして、どうもありがとうございます。





本日は天皇誕生日。
天皇陛下のお誕生日をお祝い申し上げます。

ということで今回は「日本の伝統」と「カトリックの伝統」とについての雑感です。

最近「教会ラテン語への招き」という本を読んでいるのですが、うるおぼえですが次のような感じの事が書いてあってちょっと印象に残りました。

「カトリックはヨーロッパにおいて2000年の歴史によって育まれて来た。日本におけるカトリックも、ヨーロッパからもたらされてその影響を強く受けている。日本では400年前に宣教された歴史があるものの一度断絶したため実際は明治期からの100年ぐらいの歴史しかない。日本のカトリックはまだ草創期にあり何かを生み出すにはまだ歴史が浅すぎる」


というような内容でした。

日本の伝統聖堂を調べたとき、ゴシックのようなカトリックとしての伝統的な様式と、和風の伝統様式があったのですが、和風の伝統様式の場合はどうしても寺社風であったり武家屋敷風であったりして教会ではなく別の建築物を想起させ、教会としての「らしさ」が感じにくいところがありました。
もちろん和風聖堂は、日本の情景に非常に馴染み易いところがあって否定する気持ちはないのですが、やはりまだ典型として完成されたものではないように感じます。
特に内側の祭壇の姿を見た時にそれを強く感じました。
(事例 秋田聖体奉仕会聖堂。http://www.geocities.jp/seitaihoshikai/

「教会ラテン語への招き」に書いてあったことに「ふむふむ」と納得です

これは、よくよく考えれば聖堂のことだけでなく典礼やお祈り、聖歌においてもきっと同じなんでしょうね。

神道にしても仏教にしても、それぞれの伝統と「日本の伝統」はぴったり同軸になりますが、キリスト教の場合はまだ同軸にはなりきれてないから、日本的なものに合わせたくなるのは仕方ない面もあるのですが、無理に合わすと本質的なものから離れる危険性もはらんでいる気がします。

だけどここで焦ってはいけない。
時間の力だけれども、明治期の宣教初期の聖堂が、ヨーロッパのカトリックの様式を受継ぎながら100年の年月を超えて、ゆっくりと日本の情景になじみ始めたように感じます。

「日本は飛鳥時代などの黎明期より海外の良いものを受け入れ自分達のものにしてきた。」
日本の伝統美である仏像が、その姿をよく見た時に、インドなどの南アジアの衣装をまとっているのを見るにつけ、その思いが強まります。

「キリシタン時代の事でも、明治期の宣教初期からの聖堂もお祈りも変えてはいけない。変えない事で伝統となりうる。「未来の日本」から見たときにラテン語の祈りが伝統的であるがゆえに、日本的であると思えるのではないか?」

ここらへん逆説的というかねじれがあって自分でも混乱するのですが・・・・

「カトリックの伝統を次の世代につなぎ、少しづつ『日本の伝統』にしていくこと。これが私たちの使命、役割。変えないことがカトリックの普遍性。直近(20〜30年)の教会の変化はおかしい。もとに戻るべきだ」と私は強く思い始めています。

そのカトリックの普遍性の象徴は、空間軸でも(外国でミサに与っても)時間軸でも(キリシタンの事を考えても)きっとラテン語の祈りなんです。
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※何か同じ事くどくど書いてる。今回、自分の文章力のなさ痛感・・・・

わたしの街には聖公会もそこそこ大きい教会があり、私の所属するカトリック教会と場所も近く、お互いに幼稚園があったりして、同じキリスト教としての親近感があるのですが、聖公会の聖餐式の話を聞いて驚きました。(聖公会ではミサと呼ばず聖餐式と呼ぶそうです)

聖体拝領のときはひざまづき、口に直接拝領するやり方。
聖体拝領だけでなく、聖餐式のなかでもひざまづく所作はたびたびあり、キリエはラテン語で歌唱。少年少女合唱隊があって幼稚園の年長さんか1年生ぐらいの子でもラテン語聖歌を歌っている・・・・

聖公会はカトリックからの分離が古いので、よく似ていると聞いていましたが、日本ではカトリックのほうが、この30〜40年の間の変化が激しすぎて・・・・・
聖公会とのエキュメニカルな交流は、日本のカトリックにとって、うちの教会という局部的な面ではいい刺激になる気がします。

オーセンティックであるべきなのは本来どっちなのか?
なんか少し情けない感じもしますが・・・・

そもそも元々、カトリックももっていたものばかり。
トリエントかノブスオルドかということではなく、現在までの30〜40年で少しづつ変えたディティールの部分でも失っているものが多いと思います。
とはいえ、もともともっていたものだし、いまでもちゃんとしている教会もあるでしょうから、少しづつ戻していくだけです。

クリスマスが直前に近づきました。
この機に、いろんな人に本来のミサの姿について声をかけていきたいと思います。







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