カトリの日記

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

昨日は、仕事を早く終えることができたので、所属教会とは異なるところで、聖金曜日の「主の受難の祭儀」になんとか与ることができた。

聖金曜日に祭儀に与れると、やはり復活徹夜祭が自分にとって、より良いものになる感じがする。


ブログ更新のタイミングを逸してしまったが、ちょうどいま読んでいるベネディクト16世の一般謁見講話で、「最後の晩餐」についてのとても印象深い話があったのでブログに書きとめたい。

この一般謁見講話は、教会の起源をテーマに「使徒たちについて」語られている講話である。
ベネディクト16世は、テーマをしっかり定めて、一つのシリーズとして成り立つ連続した講話をされるので、知識が深まるし、想像するイメージが面的な広がりがでてくるような感じがする。

ちょうど聖週間のこのタイミングで読めたことはよかった。

以下引用したい。 (※最後の晩餐における主イエズスとトマスとの会話について)
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【以下引用 】
(前略 )
このとき、イエスは、ご自分が間もなく去っていくことを予告しながら、こう言います。

わたしは弟子たちのために場所を用意しに行く。
それは、わたしのいるところに、彼らもいるようにするためである。

そしてイエスははっきりと言います。

「私がどこに行くのか、その道をあなたがたは知っている」(ヨハネ14.4)

するとトマスがイエスを遮って、こう言います。

「主よ、何処に行かれるのか、私たちにはわかりません」(ヨハネ14.5)

現実に、トマスはこの言葉で、自分が極めて低い理解しかしていないことを示します。
けれども、トマスのこの言葉は、イエスが次のような有名な宣言を行うきっかけを与えました。

「わたしは道であり、真理であり、いのちである」(ヨハネ14.6)

したがって、この啓示はまずトマスに示されました。
しかし、それは、わたしたちすべてと、すべての時代に当てはまります。
わたしたちはこの言葉を聞いたり、読んだりするたびに、自分たちがトマスのそばにいると考えることができます。
そして、主は、トマスに語られたように、私たちにも語っておられると想像することができるのです。

同時に、トマスの問いかけは、私たちに、いわば、イエスに説明を求める権利も与えます。
私たちはしばしばイエスのいうことがわかりません。
私たちはイエスに次のように言う勇気を持たなければなりません。

主よ、私たちはあなたの仰せになることがわかりません。わたしに耳を傾け、私が理解できるように助けてください。

こうして、私たちは包み隠さずにイエスに語りかけます。

これが真の祈り方です。

こうして、私たちは、自分たちの理解力が乏しいことを明らかにします。

しかし、同時に私たちは、光と力の与え主が光と力を与えてくださることを期待する者の、信頼に満ちた態度をとることになるのです。

(後略)
【引用終わり 】
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「ああ、そういうふうに読んだらよかったのか」と素直に感心してしまう。

何げない会話から、どういう意味を見いだせるのかは、まさに信仰のセンスによるものなのだろう。

「主よ、何処に行かれるのか、私たちにはわかりません」というこの理解力の乏しさの話から、ベネディクト16世の講話は、この後、有名な「トマスの不信」の話に展開していく。

トマスは、ある意味とても人間的というか、等身大な感じがする人物だが、もっとも生々しく主の復活を直視することになった。

引用が少し長くなるので次回もこの話を続けたい。

ベネディクト16世は「トマスの不信」の話から私たちが何を学んだらよいかを示唆してくれるのである。

(つづく)


書名は忘れたが、以前読んだ曽野綾子さんの本で、「聖書のヨハネ福音書21章の『愛』という言葉は、本来のギリシア語の聖書では「アガペー」と「フィリア」という二つの言葉で書き分けられている。」というようなことが書かれてあった。

曽野さんの解説では、「アガペー」というのは「理性的な愛」で、「フィリア」は「好き」というような感情的な愛というような感じだったように思う。

ヨハネ福音書21章は、師と弟子の会話が、かみあわないというか微妙にずれる場面だが、そのとき持った私の印象は、師の言葉にこめられた想いに対するペトロの理解力が足りなかかったのが原因(最近の注目ワードを使えば「忖度」できなかった?)と思ったことを記憶している。

ところが、このヨハネ福音書21章ついて、ベネディクト16世名誉教皇の2006年5月24日の講話を知って、どうやら理解力が足りなかったのは私のほうだったことに気づかされた。

サン・ピエトロ大聖堂での一般謁見での講話である。
https://www.cbcj.catholic.jp/2006/05/24/2718/

以下一部を引用する。
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【以下引用】

(前略)
完全な忠実を約束していたペトロは、主を否んだことの辛さと恥ずかしさを味わいました。
高ぶる者は、その代償として、辱めを味わいます。

ペトロも、自分が弱く、ゆるしを必要とする者であることを学ばなければなりませんでした。
ついに仮面がはがされ、信じる者であると同時に罪人である、自分の真の意味での心の弱さを知ったとき、ペトロはひたすら後悔の涙を流しました。
この涙の後、ペトロはようやく自分の使命を果たす準備ができたのです。

 ある春の朝、復活したイエスによって、この使命がペトロに委ねられます。
イエスとの出会いはティベリアス湖畔で行われました。

このときイエスとペトロの間で交わされた対話について述べているのは、福音書記者ヨハネです。そこではきわめて意味深いことば遣いが行われていることに気づきます。

ギリシア語で「フィレオー(愛する)」は友愛を表します。
この愛は優しい愛ですが、完全な愛ではありません。これに対して、「アガパオー(愛する)」は、制約のない、完全で無条件の愛を表します。

 イエスは最初、ペトロにこう尋ねます。「シモン、・・・・わたしを愛しているか(アガパース・メ)」。すなわち、完全かつ無条件に愛しているかと(ヨハネ21・15参照)。

裏切りを経験していなければ、使徒ペトロは、もちろんこう答えたことでしょう。

「わたしはあなたを――無条件に――愛しています(アガパオー・セ)」。

今、ペトロは、忠実に従わなかった辛い悲しみを、すなわち自分の弱さがもたらした悲しみを知っています。そこで彼は謙遜にこう答えます。

「主よ、わたしはあなたを愛しています(フィロー・セ)」。

すなわち、「わたしはわたしの人間としての貧しい愛をもってあなたを愛しています」。

キリストはなおも尋ねます。
「シモン、わたしが望むこの完全な愛をもってわたしを愛しているか」。

ペトロは、人間としての謙遜な愛をもって愛していますと答えます。

「キュリエ・フィロー・セ」。

すなわち、「主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」。

 三度目にイエスはシモンにただこう尋ねます。

「わたしを愛しているか(フィレイス・メ)」。

シモンは理解しました。イエスにとっては、自分の貧しい愛で、すなわち自分に唯一可能なこの愛で、十分なのだということを。

にもかかわらずシモンは、主がこのようないいかたをしなければならなかったことを悲しく思いました。それでシモンはこう答えました。

「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していること(フィロー・セ)を、あなたはよく知っておられます」。

 イエスは、ペトロが自分をイエスに合わせようとした以上に、ご自分をペトロに合わせようとしたように思われます。このように、神がご自分を人に合わせてくださったことが、忠実に従わなかった苦しみを知るこの弟子に希望を与えました。そこから信頼が生まれ、この信頼によって、この弟子は最後までイエスに従うことができました。 

(後略)
【引用終わり 】
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「ペトロの『フィロー・セ』という返答には、忠実に従わなかった辛い悲しみを、すなわち自分の弱さがもたらした悲しみがある。」

3度目の「わたしを愛しているか(フィレイス・メ)」という主イエスの問いかけによって、「『自分の貧しい愛で、すなわち自分に唯一可能なこの愛で、十分なのだ』ということをシモン(ペトロ)は理解した。」


かみ合っていない会話と思っていた会話は
、かみ合わないどころか極めて意味の深い会話だったのである。

こういう感動的な深い解釈があるということに、私は気づかなかった。

「人間としての謙遜な愛」「人間としての貧しい愛」という解釈によって「フィリア」という言葉の味わい深さを感じたような気がした。


「アガペー」の愛は、キリストの教えの根にあるものだけれども「わけへだてなく愛する」という教えに対し、時に困難さをおぼえることは少なくない。

度々、罪をおかす自分の未熟さも実感する。

しかしそういう不完全な貧しい愛(フィリア)であっても、主は受け入れてくださるというところは、キリスト教の良さだろう。


この「二つの愛」という概念は、曖昧な日本人の感覚では理解が難しいところで、キリスト教の宣教においては、ポイントになるところなのかもしれない。

新しく祈祷書を買った。

個人的には公教会祈祷文に依存はしているのだが、現在の教会に所属していれば、やはり不便ではあって、共唱でも使える個人所有の祈祷書が欲しかった。

買ったのは「カトリック祈祷書 祈りの友」というカルメル会で使用している祈祷書で、カルメロ神父が編集されている。

この祈祷書が良いと思ったのは、口語の祈りだけでなく古い文語の祈りを「伝統的な祈り」として併記しているところだ。

巻頭言のところで、奥村一郎神父が次の言葉を寄せている。

以下引用
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(前略)
第二バチカン公会議後、あらゆる方面で教会も大きく変化しました。
それも新しいものが生み出されるというより、古いもののとりこわしが始まりました。
どんなことでも「とりこわし」は乱暴なもので、早いものです。
教会の中における「祈りの生活」もその例外ではありませんでした。
ミサの形式から祈祷書、その他ロザリオの祈りとか十字架の道行、聖体信心、免償など、かつては熱心に実行されていたものが、急速に忘れられ、すたれていきました。
現代の教会の危機のひとつとして「祈りの喪失」が挙げられるのもそのためです。
しかし「祈りの心」というのは、正しく解すれば「人間の心」と同意語であるはずです。
祈らないというのは死んだのと同然です。
(中略)
今の日本の教会では、なお文語を好まれるかたもあり、他方若い世代には口語体でなければ祈りになじめない人もいます。
したがってこの本では、文語体と口語体、古いものと新しいものを合わせながら、各自が好みに従って選べるようにしてあります。
どんな形、どんなことばにせよ、要は「祈る」こと自体が大切なのですから、祈りやすいようにという配慮からそのように編集されているわけです。
70年代は教会にとってもなお過渡期な時代でしたが、一応その間の成果を総括的にまとめ、80年代からの新しい聖霊の息吹きをまつ心の場をととのえてくれるために、この祈りの小冊子が役立ってくれますならば幸いに思います。

1980年2月 洛南にて                           奥村一郎
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教会の変化に対する奥村師の心情が垣間見えて興味深い。

奥村師が言われているとおりで、心配りがとてもきめ細かい祈祷書で、文語体と口語体併記というだけではなく、検索もとてもしやすい編集になっている。

初版は1980年だが、最新の第13版は、2011年改定の「聖母マリアへの祈り(アヴェマリアめぐみに満ちた方)」も載っている。

お祈りがし易いというだけではなく感心するのは、様々な聖人の祈りなど多彩なお祈りが載っているところで、ミッシェル・クオストという人の「神に聴くすべをしっているなら」という本から「主よ、時間はあります」という祈り?が紹介されていて、この文章が良かった。

「主よ、もしや、あなたの時間設定がまちがっていたのでは、どこか大きな狂いがあったのではありませんか?1時間が短すぎ、1日が短すぎ、一生が短すぎるのではありませんか」というようなドキッとすることを書きながら、最後に「あなたがわたしに下さった時間の中で、あなたがわたしにせよ、とおっしゃったことを、心静かに行うことのできる恵みをただそれだけを、あなたからいただきたいのです。」と結んでいる。 

こういう祈り?というか文章を挿入することも驚きだったが、その次にある祈りが、幼いイエスの聖テレジア「私のいのちはひととき」という言葉で始まる「今日の歌」という祈りになっていて、このような編集のセンスの良さもあって、ついついページをめくる祈祷書となっている。

このカルメル会の「祈りの友」は、サッと目を通しただけでも、直感的に良い感じがした。

もう14万5千部になっているらしい。

拙ブログをお読みいただいている皆様にも、是非オススメしたいが、もしかしたら既に持っておられる方も多いかも・・・

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