カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

ヨーロッパでの聖母被昇天ミサでは、閉祭の聖歌は Salve Regina (サルヴェレジナ)が定番らしい。 

少し期待して、所属教会とは違う場所で 被昇天ミサに与ったら、そのとおりだった。 

後で友人に聞くと、他の教会でも Salve Regina を歌ったところは何箇所かあったようだ。

最後に一曲だけグレゴリオ聖歌を歌ったぐらいでは、ラテン語ミサとは言い難いけれども、それでも関西でグレゴリオ聖歌を歌うミサはあまりにも少ないので、このくらいのことでも嬉しい。

ラテン語ミサ通常文のキリアーレの場合だと、聖母の祝日ミサで用いられるのは9番のクム・ユビロ (カトリック聖歌集505番 Cum jubilo)のはずだ。
実は、このクム・ユビロ(Cum jubilo)のラテン語聖母被昇天ミサが、大阪北部の方であって、満員だったそうだ。

Salve Regina にしろ、Cum jubilo にしろ伝統的なグレゴリオ聖歌を唄うミサが、ちょっと増えてきたのだろうか? 

あるいは私が関心を持っているからこういう情報に敏感になるだけなのか?

グレゴリオ聖歌が、もし次々に復興していっているのならば、少し光明がさしてきているような感じがするが、正確にはわからない。 

私の居住地域一帯の教会は、いまだにどこもかしこも完璧にグレゴリオ聖歌を歌わないし、大阪教区京都教区内を転々とした私の教会遍歴の中では、グレゴリオ聖歌を歌う教会は皆無だった。

同じ教区内でも、小教区によって極端な温度差がある。


こういう「どこの教会に行けばグレゴリオ聖歌のミサに与れるのか?」という情報を、インターネットで拾えないのはなんでだろうと思ってきたが、別の教会で典礼委員をしている友人にリアルな話を聞けば、主任司祭というのは、反対意見が出れば実施を躊躇するものらしい。

大阪教区というところは、教区時報に「ラテン語ミサ反対」を公言する聖職者の投稿が掲載される風土だから、グレゴリオ聖歌を続けていることをネットに載せる事で、思わぬ変な横ヤリが入る可能性をデメリットとして危惧する気持ちは、わからないこともない。

ラテン語やグレゴリオ聖歌に反対するということが、そもそも間違っているのにもかかわらず、そういう誤った意見に振り回されて萎縮しているというのはもどかしい限りなのだけれども、それが現実の姿ではある。


上記のような話を聞くことができたのは、先週末に信徒団体の集まりがあったからだが、他の小教区の状況を知るという意味でも、信徒団体の目的に沿ってラテン語グレゴリオ聖歌によるミサの実現を共に目指すという事においても、小教区を越えた「絆」を持つ意義は大きいとあらためて思った。

ラテン語ミサに与るためには、自分一人で探すよりも、同じ想いの人の集まりに参加する方が話は早い。
信徒団体に加わることから事は始まるということが言えるのかもしれない。


ラテン語ミサの有無というだけでなく、跪きを止めるなど、少しづつ少しづつ、ミサ典礼から荘厳さが失われてしまって久しい。

典礼で何かが変わるごとに何かを失ってきたと思われる方、グレゴリオ聖歌のミサを探しておられる方に、是非、UVJのような信徒団体に加わることをお勧めしたい。

遠藤周作さんの「外国文学におけるキリスト教」という連続講演を収録した本を読んでいたら、少し気になる箇所を見つけた。

遠藤さんのこの類の講演の場合、必ずといっていいほどに例にあげるのが、フランソワ・モーリヤックの「テレーズ・デスケルー」で、この講演で遠藤さんは、アビラの聖テレジアが書いた「霊魂の城」が、この物語のネタ本になっているという仮説を立てて話していた。

「テレーズ・デスケルー」は、一言で言えば「夫を毒殺しようとして失敗する女の話」であり、かたや「霊魂の城」は、神秘体験に基づく「七つの神の城についての霊的黙想」なのだから、全く方向性が違って関連性など無いようにも思える。

しかし遠藤さんは「テレーズ・デスケルー」は「キリスト教における黙想という形式を、取り入れた構成になっている」という読み解き方をしている。

聖テレジアの「霊魂の城」では、「霊魂の暗夜」という神が見えず遠ざかる危機を経ながらも、神の城を一つ一つ訪ねながら、心の奥底にある神に向かっていく。

かたや「テレーズ・デスケルー」では、主人公のテレーズが、真っ暗な汽車の中で自分のしてきたことを一駅ごとに反芻しながら、まさに「暗夜」である闇の中に入っていく。

心の奥底に一歩一歩進んで行くという構造が、聖テレジアとテレーズは相似形になっていて、確かに似ているという見方ができるのかもしれない。

そのうえで遠藤さんは、「なぜ毒をもったのかが、自分でもわからないテレーズの、心の動き、衝動の中に、生ぬるい状態から熱い状態に踏み出す無意識の心の動きがあり、その無意識の中で、神様が自分の存在を裏返しで証明しようとしたのではないか?」という具合に解釈する。

遠藤さんは「無意識」の存在に、かなり関心を寄せていたので、遠藤さんらしい解釈のような気がする。

私のような凡人は、アビラの聖テレジアのような熱い想いを信仰に持てている自信はないし、かといって、テレーズのような自分でも理解できない破滅的な衝動を持っているとも思えない。

生ぬるい状態で漂っているといえばそうなのかもしれない。

「霊魂の城」では、霊的旅路のなかで、7番目の城にたどり着いた時に、神と霊魂との一致する段階にたどり着くことができるとされている。

1番目の城の段階では、魂が自我の汚れを知るが神の現存に気づいていない。
2番目では、神の呼びかけに応えて神に近づいていく。
3番目で、神でないものから離れることができる。

自分も含め、3番目までたどり着けるかどうかという人は多いかもしれないが、それでも神を求める旅路をトボトボと歩いていることには違いないのだろう。


テレーズが毒殺しようとした夫ベルナールもまた、順応主義的な道徳観で固まっている凡庸な男として描かれている。

しかし遠藤さんは、「テレーズ・デスケルー」では、ベルナールのいつもとは違う姿が描かれた良い部分が二行だけあって、テレーズはその姿に気づかなかったと解説している。

その二行というのは、キリストの受難、十字架の道行きにおけるキレネのシモンを思わせる場面で、「テレーズ・デスケルー」にはそういったキリスト教のメタファーが多く埋め込まれているのは間違いないのだろう。

「楽園」という言葉を聞いて、頭の中でどういう場所を想像するかといえば、やはり「南の島」のイメージになるという人が多いと思う。

ただ日本では昔から「南の島」を想像していたようには思えないし、「楽園」という言葉そのものも、江戸時代からあったような感じもしない。

おそらく明治の文明開花のなかで、西洋から伝わったイメージであって、言葉もその訳語なのではないだろうか?

もしかしたらは、「旧約聖書、創世記の失楽園の話を翻訳するにあたって『楽園』という言葉が誕生したのかもしれない」などと想像したりもする。

その「楽園」が「楽園=南の島」のイメージになったのは、これもまた西洋社会からで、その思想の源流があるようだ。
理想郷を求めてタヒチに移り住んだ画家のポール・ゴーギャンもその一人である。

「YOUCAT(堅信の秘跡)」という本に、そのゴーギャンについての興味を深い話が載っている。

ゴーギャンは「楽園」である「南の島」へ旅立つにあたって「やっと自由になれる。お金の心配もなく、これからは愛し、歌い、死ぬのだ。」というような手紙を書いている。

ゴーギャンが、このような気持ちを持つようになった背景には、ジャン=ジャック・ルソーの思想に「高貴な野蛮人が住む理想郷」というような概念があって、当時のフランス社会において、その理想郷に対する憧れがあったようだ。

「高貴な野蛮人」とは
■自然と完全に調和した生活をおくっている
お金を必要としない
やさしく無垢で愛し合っている
罪や犯罪がいかなるものか知らない
嘘を知らない
自分たちを支配したり裁いたりする者を必要としない
という人々であって、
南海のどこかにそういう人々が住む理想郷があると考えていたらしい。

ところが現実に、「南の島」に渡ってみれば、憧れは失望に変わる。

高貴な野蛮人は、あらゆるたぐいの病に苦しみ、過酷な生存競争をし、厳格な道徳規範を持っていたし、ゴーギャンもまた輸入品の保存食で生活をし、絵のモデルにお金を払わなければならなかった。

ルソーが思索し、ゴーギャンが想像したような「楽園」はこの世には存在していなかったのである。

「YOUCAT(堅信の秘跡)」という本は青年向けカテキズム(カトリックの教えを解説する入門書で<堅信の秘跡>はその分冊)なので、カトリック教会では、ルソー、ゴーギャンの考えるようなロマンティックなこの世の「楽園」は、ある意味、冷たく突き放すようにバッサリと否定しているということになる。

ルソーやゴーギャンと同じ「楽園」のイメージを持たないまでも、現代社会を生きる中で、時に私も「世俗的な楽園」を、空想したり憧れる事があるわけで、ルソーやゴーギャンとそれほど変わらないような気もする。

「私たちは、既に一度、「楽園」から追放された身であるがゆえに、楽園に戻るためには、ある『門』をくぐらなければならない。」というのが、カトリックの原罪の概念で、同時に『門』への道への招きになっている。

理想郷の不在という「失望」もまた、新たなスタート地点であるということなのかもしれない。





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