カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

タイトルの結城弥平次と三木判太夫は、共にフロイスの「日本史」に書かれているキリシタン武将で、私は「日本史」を読むまでは知らなかった。「日本史」では洗礼名で書かれていることが多く、誰の事なのか解明するのに苦労することがあるが(例えば「ドンフランシスコ」→大友宗麟)
この二人は、姓と名が書かれていて、特定はし易い。
二人とも織田信長が覇権を握る前の混乱期の畿内のキリシタンだが、敵同士で戦場で出会う。

追い込まれ、手勢わずかで絶対絶命となった結城弥平次だが、三木判太夫はその兜に塗金された真鍮の「JESUS」の文字に気付く。
三木判太夫が大きな声で問いかける「汝はキリシタンなりや」
結城弥平次が答える「我こそはキリシタンにして、ジョルジュ結城弥平次なり!」

ちょっと源平時代の戦いのような古典的な優雅?さがある。

同じ信仰を持つものとして、三木判太夫は包囲を解き、結城弥平次は一命を取り止めるが、弥平次はその恩を忘れず、後に三木判太夫が封禄を失い追放された時、本人とその家族を扶養し謝恩の気持ちを示したという。

信仰深さでもジョルジュ結城弥平次は模範とされ、また困窮する宣教師を助けた多くの記述で、その情の深さを示している。

キリシタンの弾圧が強まるにつれ、キリシタン大名の肥後の小西行長、島原の有馬晴信のもとに身を置き、キリシタンを保った。
有馬晴信が死去し、キリシタン弾圧が激烈となってからは、島原で記録が途絶えている・・・・

昨年、島原の乱を描いた本「出星前夜」が話題となったが、主人公の鬼塚監物と
ジョルジュ結城弥平次が、私のなかで、少しイメージがだぶってしまった。

三木判太夫のほうだが、イエズス会員の修道士の息子がいた。
その息子は長崎で殉教し聖人となったパウロ三木である。





ずいぶん間が空いてしまった・・・・
構え過ぎなのかもしれん。
もう少し気楽に書くか・・・

ということで、今回は「高山右近についての本」について。

先日、実家の書棚に、吉川英治作の「高山右近」を発見した。
読んだはずなのに読み返してみても思い出せない。
そのぶん新鮮だったので得した気がしたが・・・

時代小説の大家だけに、読み進んでいてもハラハラどきどきの連続で飽きさせない。
でもなんか「宮本武蔵」に似てるぞ!
男女4人が錯綜するところなんかそっくり!
吉川氏の描きたい人物像が、先にあってその人物に強引に右近を当てはめたような感じで、史実からかなりかけ離れている。
この本は未完で終わっているけど未完で正直ホッとした。
右近を否定的に描いているわけではないが、この本は気に入らない。

史実に合わせたフーベルトチースリク氏「高山右近史話」や
右近の晩年に絞った加賀乙彦氏の「高山右近」のほうが右近の生涯をきちんと追うことができた気がする。

意外によかったのが、子供向けの伝記。
前にちょっと書いた「少年少女伝記読みもの  高山右近  さ・え・ら書房」もよかったが
高山右近 堂々日本人物史 筑波常治 国土社」も良かった。
小学生高学年〜中学生ぐらいが対象だと思うが、わかりやすくまとまっていて読み易い。
ご参考まで。
 



キリシタンの時代は戦国時代だから戦があるのは当たり前。

当たり前のように殺し合う状況では、侍どうしの果し合いというだけでなく、弱者も犠牲になる時代。

秀吉麾下の、尾張の野武士上がりの荒くれ武将のなかには、戦自慢のなかで、己れの悪行を面白おかしく話すようなことも多かったらしい。

キリシタンとして生きる右近には、そのような話が我慢ならなかったようで、そういう輩とは、やはり反りが合わない。

そのかわりに、茶の湯を通じて、蒲生氏郷、牧村兵部、瀬田掃部らの利休の弟子達どうしで意気投合していく。

この茶の湯を嗜むグループはキリシタンが多く利休七哲と呼ばれる高弟のうち右近を含めた4人がキリシタン。黒田如水、小西隆佐、行長父子、日比谷了珪も茶の湯をたしなんでいる。

キリシタン伝来の時期と茶の湯の黎明期が符合することも合わせ、茶の湯とキリスト教との間に何があったのか?

人間として、生き方を見つめ、人と人との関係を尊ぶ。より気高いものを
求める気持ちが、茶の湯とキリスト教を交錯させたのか?

フーベルト・チースリスク師も「キリシタンのこころ」という本で「キリシタンと茶道について」書かれています。
西村貞という方も「キリシタンと茶道」という本を書かれているようです。

機会があれば読んでみたいと思います。








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