カトリの日記

日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いてるブログ。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

何故、(キリシタンの)武将ばかりをとりあげているのか・・・
質問がでそうなので(でない?)その理由を述べておこうと思います。

キリシタンの話ならば、壮絶な迫害とその迫害を受けて命を散らした殉教者の話や弾圧されても密かに信仰を守り続けた潜伏(隠れ)キリシタンをテーマにするのが確かに自然ではあるのです。

ただブログの厚みに乏しい現時点では、ちょっとテーマにブログが負けてしまう感じです・・・

キリスト教になんの接点もないフツーの人たちにとっても、中身の乏しいブログでは、何故そこまでして信仰にこだわるのか?という疑問のみが膨らんで、別の世界の人だなーという心の壁ができてしまうのを危惧しました。

キリスト教ではないフツーの人がこのブログを見たときに、自分の姿の延長線上に投影することもできそうな「戦国武将」を序章としてとりあげようと思ったのはそうゆう理由からなんです。

カトリック作家として高名な遠藤周作さんも晩年は、純文学よりの「侍」はもとより「鉄の首枷」「男の一生」「王の挽歌」などの時代小説をずいぶん書いていました。

文豪になぞらえるのは恐れ多いのですが、少しでも読んでくれる人が多いといいなあという素朴な気持ちです。

大友宗麟、小西行長、黒田官兵衛、大村純忠、有馬晴信 まだ取り上げてません。
西の右近と言われる志賀親次もまだです。ポジティブな印象は乏しいのですが大友吉統も
取り上げたいと思います。まだまだこれからです。

少し厚みがでてきたなあと自分でも思えるようになって来た時点で、キリシタンの戦国武将の生き様のコアにあった価値観、信仰を、身を挺して実践した殉教者(ペドロ岐部、中浦ジュリアンなど)の話に徐々に移っていきたいと思います・・・・

ブログの構想についての話でした。

構想負けするかなあ〜。知識が思いについていけないので大変・・・


キリシタンで検索をかけると・・・
残念ながら、当方のブログはでてこない・・・(TДT)。  

キリシタン→陰謀論 「50万人の奴隷がうんぬんかんぬん・・・」
なんていうブログが多数。・・・・・・(; ̄Д ̄)

ダヴィンチコード以来、カトリックバッシングが強まってる感じがする。「天皇のロザリオ」なんていうトンデモ本が、でてるみたいなんだけど都合が悪い事は、なんでも外国のせいにする悪い癖がでてるなあ〜。
不景気になっても、失業者がふえても「アメリカの陰謀」とかいう人がいるけどなんか似てる。

「高山右近はいわば小泉政権における竹中平蔵のような・・・」なんて投稿を見ると ヽ(#`Д´)ノです。
(注:竹中平蔵氏に対して怒っているのでなく、いいかげんな陰謀論に対しての (`ε´)ムカー です。)

まあ当方のブログでは、反論としてはなはだ心もとないけどがんばるしかないねえ〜

キリシタン=カトリックなんだけど、検索でみると熱心に研究している人は意外にプロテスタントの人が多い。キリスト教と関係ない人が
いいかげんな陰謀論にだまされないように、プロテスタントの人!!
いっしょにがんばりましょう!!
そしてカトリックの人もがんばれ!!!

今日はなんか、いつもと違う がんばれ!!!な感じの投稿でありました。

戦国武将としても有名であるレオ蒲生氏郷。
誰と誰が利休七哲?という話も、流派によって違うようで、一部で人の入れ違いがあるが
蒲生氏郷は常に筆頭。
織田信長の娘を奥方にむかえているし、戦国武将としてはサラブレッドの印象がある。

高山右近、細川忠興との親交が深かった。

右近は改易となった後、前田利家(息子の利長だったかな?)の客将として、北条氏の小田原攻めに加わっただが、そのとき陣中で蒲生氏郷、高山右近、細川忠興の三名は共にいっしょに牛肉を食べたという記録がある。
右近が食す前に、お祈りを始めたところ、氏郷と忠興が「子供みたいだ」と冷やかしたため、右近が怒りお互いに一週間ほど口をきかなかった。こういう記録は楽しい。
牛肉を食べた記録としてはかなり古いらしい。

右近の影響で受洗したため、信仰という面では控えめな印象があるが
禁教下のなかでも、家臣を前に「余はいまでもキリシタンであり、唯一絶対な神はゼウスであると信じる」と表明し家臣を驚かせた。

最後は病気で天寿を全うするが、禁教下の元、宣教師がなかなか
近寄れないなか、高山右近が最後まで付き添ったという。

東北も米沢の上杉景勝の家臣などにキリシタンが多かったと聞く。
蒲生氏郷は会津。何か関係があるのか、詳しい方がおられたらご教授
お願いしたい。



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