カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

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・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

ずいぶん間が空いてしまった・・・・
構え過ぎなのかもしれん。
もう少し気楽に書くか・・・

ということで、今回は「高山右近についての本」について。

先日、実家の書棚に、吉川英治作の「高山右近」を発見した。
読んだはずなのに読み返してみても思い出せない。
そのぶん新鮮だったので得した気がしたが・・・

時代小説の大家だけに、読み進んでいてもハラハラどきどきの連続で飽きさせない。
でもなんか「宮本武蔵」に似てるぞ!
男女4人が錯綜するところなんかそっくり!
吉川氏の描きたい人物像が、先にあってその人物に強引に右近を当てはめたような感じで、史実からかなりかけ離れている。
この本は未完で終わっているけど未完で正直ホッとした。
右近を否定的に描いているわけではないが、この本は気に入らない。

史実に合わせたフーベルトチースリク氏「高山右近史話」や
右近の晩年に絞った加賀乙彦氏の「高山右近」のほうが右近の生涯をきちんと追うことができた気がする。

意外によかったのが、子供向けの伝記。
前にちょっと書いた「少年少女伝記読みもの  高山右近  さ・え・ら書房」もよかったが
高山右近 堂々日本人物史 筑波常治 国土社」も良かった。
小学生高学年〜中学生ぐらいが対象だと思うが、わかりやすくまとまっていて読み易い。
ご参考まで。
 



キリシタンの時代は戦国時代だから戦があるのは当たり前。

当たり前のように殺し合う状況では、侍どうしの果し合いというだけでなく、弱者も犠牲になる時代。

秀吉麾下の、尾張の野武士上がりの荒くれ武将のなかには、戦自慢のなかで、己れの悪行を面白おかしく話すようなことも多かったらしい。

キリシタンとして生きる右近には、そのような話が我慢ならなかったようで、そういう輩とは、やはり反りが合わない。

そのかわりに、茶の湯を通じて、蒲生氏郷、牧村兵部、瀬田掃部らの利休の弟子達どうしで意気投合していく。

この茶の湯を嗜むグループはキリシタンが多く利休七哲と呼ばれる高弟のうち右近を含めた4人がキリシタン。黒田如水、小西隆佐、行長父子、日比谷了珪も茶の湯をたしなんでいる。

キリシタン伝来の時期と茶の湯の黎明期が符合することも合わせ、茶の湯とキリスト教との間に何があったのか?

人間として、生き方を見つめ、人と人との関係を尊ぶ。より気高いものを
求める気持ちが、茶の湯とキリスト教を交錯させたのか?

フーベルト・チースリスク師も「キリシタンのこころ」という本で「キリシタンと茶道について」書かれています。
西村貞という方も「キリシタンと茶道」という本を書かれているようです。

機会があれば読んでみたいと思います。








高山右近について投稿2回目で終わるつもりはもうとうないのですが、
少し視点を変えて今回は和田惟政についてです。
(苦しまぎれ う〜ん・・・)

和田惟政はキリシタンではありませんでしたがキリシタン史には欠かせない人物です。

万里波濤を越え、宣教のため日本を訪れた宣教師たちですが、大航海時代とはいえ、2度と帰れない覚悟のもとでの決死の覚悟での来訪でした。
しかし決してスムーズな宣教ではなかったようです。
言葉の壁、文化の壁、偏見。頼るつてもなく・・・・

「キリスト教宣教の陰には、ポルトガルによる日本占領の野望が・・・」
なんて話がありますが、いろんな資料を読んでみても。そんな強い立場だったとは、到底思えない感じがします。

和田惟政は義の人でした。困っている人を助けるという義侠心。
さまざまな嫌がらせに苦しむ宣教師たちにたいし深い同情を寄せ
守り抜きました。

和田惟政は池田勝正との一戦で命を落としますが、その後に
宣教師フロイスたちは声を上げて慟哭したそうです・・・・
私も胸がつまります。

和田惟政亡き後、家督を次いだ和田惟長ですが、父親とは大きく人物が異なり思慮浅く器量もなく、人望の高い家臣、高山飛騨守と右近の父子を、嫉妬から陰謀で討とうとします。
結果、高山右近から返り討ちとなり高槻城をあけわたすことになりますが、後の高山右近のキリシタン武将としての生涯を考えると、なんとも
不思議な因縁を感じてしまいます。

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