カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」「偏った政治指向」があると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

遠藤周作さんの「外国文学におけるキリスト教」という連続講演を収録した本を読んでいたら、少し気になる箇所を見つけた。

遠藤さんのこの類の講演の場合、必ずといっていいほどに例にあげるのが、フランソワ・モーリヤックの「テレーズ・デスケルー」で、この講演で遠藤さんは、アビラの聖テレジアが書いた「霊魂の城」が、この物語のネタ本になっているという仮説を立てて話していた。

「テレーズ・デスケルー」は、一言で言えば「夫を毒殺しようとして失敗する女の話」であり、かたや「霊魂の城」は、神秘体験に基づく「七つの神の城についての霊的黙想」なのだから、全く方向性が違って関連性など無いようにも思える。

しかし遠藤さんは「テレーズ・デスケルー」は「キリスト教における黙想という形式を、取り入れた構成になっている」という読み解き方をしている。

聖テレジアの「霊魂の城」では、「霊魂の暗夜」という神が見えず遠ざかる危機を経ながらも、神の城を一つ一つ訪ねながら、心の奥底にある神に向かっていく。

かたや「テレーズ・デスケルー」では、主人公のテレーズが、真っ暗な汽車の中で自分のしてきたことを一駅ごとに反芻しながら、まさに「暗夜」である闇の中に入っていく。

心の奥底に一歩一歩進んで行くという構造が、聖テレジアとテレーズは相似形になっていて、確かに似ているという見方ができるのかもしれない。

そのうえで遠藤さんは、「なぜ毒をもったのかが、自分でもわからないテレーズの、心の動き、衝動の中に、生ぬるい状態から熱い状態に踏み出す無意識の心の動きがあり、その無意識の中で、神様が自分の存在を裏返しで証明しようとしたのではないか?」という具合に解釈する。

遠藤さんは「無意識」の存在に、かなり関心を寄せていたので、遠藤さんらしい解釈のような気がする。

私のような凡人は、アビラの聖テレジアのような熱い想いを信仰に持てている自信はないし、かといって、テレーズのような自分でも理解できない破滅的な衝動を持っているとも思えない。

生ぬるい状態で漂っているといえばそうなのかもしれない。

「霊魂の城」では、霊的旅路のなかで、7番目の城にたどり着いた時に、神と霊魂との一致する段階にたどり着くことができるとされている。

1番目の城の段階では、魂が自我の汚れを知るが神の現存に気づいていない。
2番目では、神の呼びかけに応えて神に近づいていく。
3番目で、神でないものから離れることができる。

自分も含め、3番目までたどり着けるかどうかという人は多いかもしれないが、それでも神を求める旅路をトボトボと歩いていることには違いないのだろう。


テレーズが毒殺しようとした夫ベルナールもまた、順応主義的な道徳観で固まっている凡庸な男として描かれている。

しかし遠藤さんは、「テレーズ・デスケルー」では、ベルナールのいつもとは違う姿が描かれた良い部分が二行だけあって、テレーズはその姿に気づかなかったと解説している。

その二行というのは、キリストの受難、十字架の道行きにおけるキレネのシモンを思わせる場面で、「テレーズ・デスケルー」にはそういったキリスト教のメタファーが多く埋め込まれているのは間違いないのだろう。

「楽園」という言葉を聞いて、頭の中でどういう場所を想像するかといえば、やはり「南の島」のイメージになるという人が多いと思う。

ただ日本では昔から「南の島」を想像していたようには思えないし、「楽園」という言葉そのものも、江戸時代からあったような感じもしない。

おそらく明治の文明開花のなかで、西洋から伝わったイメージであって、言葉もその訳語なのではないだろうか?

もしかしたらは、「旧約聖書、創世記の失楽園の話を翻訳するにあたって『楽園』という言葉が誕生したのかもしれない」などと想像したりもする。

その「楽園」が「楽園=南の島」のイメージになったのは、これもまた西洋社会からで、その思想の源流があるようだ。
理想郷を求めてタヒチに移り住んだ画家のポール・ゴーギャンもその一人である。

「YOUCAT(堅信の秘跡)」という本に、そのゴーギャンについての興味を深い話が載っている。

ゴーギャンは「楽園」である「南の島」へ旅立つにあたって「やっと自由になれる。お金の心配もなく、これからは愛し、歌い、死ぬのだ。」というような手紙を書いている。

ゴーギャンが、このような気持ちを持つようになった背景には、ジャン=ジャック・ルソーの思想に「高貴な野蛮人が住む理想郷」というような概念があって、当時のフランス社会において、その理想郷に対する憧れがあったようだ。

「高貴な野蛮人」とは
■自然と完全に調和した生活をおくっている
お金を必要としない
やさしく無垢で愛し合っている
罪や犯罪がいかなるものか知らない
嘘を知らない
自分たちを支配したり裁いたりする者を必要としない
という人々であって、
南海のどこかにそういう人々が住む理想郷があると考えていたらしい。

ところが現実に、「南の島」に渡ってみれば、憧れは失望に変わる。

高貴な野蛮人は、あらゆるたぐいの病に苦しみ、過酷な生存競争をし、厳格な道徳規範を持っていたし、ゴーギャンもまた輸入品の保存食で生活をし、絵のモデルにお金を払わなければならなかった。

ルソーが思索し、ゴーギャンが想像したような「楽園」はこの世には存在していなかったのである。

「YOUCAT(堅信の秘跡)」という本は青年向けカテキズム(カトリックの教えを解説する入門書で<堅信の秘跡>はその分冊)なので、カトリック教会では、ルソー、ゴーギャンの考えるようなロマンティックなこの世の「楽園」は、ある意味、冷たく突き放すようにバッサリと否定しているということになる。

ルソーやゴーギャンと同じ「楽園」のイメージを持たないまでも、現代社会を生きる中で、時に私も「世俗的な楽園」を、空想したり憧れる事があるわけで、ルソーやゴーギャンとそれほど変わらないような気もする。

「私たちは、既に一度、「楽園」から追放された身であるがゆえに、楽園に戻るためには、ある『門』をくぐらなければならない。」というのが、カトリックの原罪の概念で、同時に『門』への道への招きになっている。

理想郷の不在という「失望」もまた、新たなスタート地点であるということなのかもしれない。





聖書には、そのままで受け止めるのは難しく躊躇する箇所がある。

「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担って私に従わない者は、わたしにふさわしくない」(マタイ10)

先日の7月2日の主日ミサの福音書朗読の箇所であり、偶然にも、ちょうど小倉昌男さんの評伝を読んで思い浮かんだ箇所でもあった。

二者択一を迫り、突き放すような感じがして悩む。

こういう理解が難しい福音書朗読の後の説教で、どのように受け止めたら良いのかということを教えてもらえる説教はいい。 

偶然にもこの日は、所属する教会ではない別の場所で、個人的にも尊敬している神父のミサだったので、この解釈が難しい箇所を理解するうえではタイミングが良かった。

あいまいな記憶だが、以下のような説教だった
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「ふさわしくない」という言葉は、「切って捨てるような印象」があるのは確か。

ただ「ふさわしい」という言葉は「釣り合っている」という意味もあり、「ふさわしくない」という状態に対し「天秤が傾いて釣り合っていないようなイメージ」を私たちは 持つことができる。

この福音は「私たちを切り捨てるような言葉」としてではなく「(天秤が傾いていないか)私たちに問い掛ける言葉」として受け止めるべきである。

私たちは、今日までの人生での歩みの中で、神様と何かを天秤にかけているのではないだろうか?

私たちは、そういった人生の節目において、何かを捨て、何かを残してきた。いろいろと整理してきた。

わたしたちの信仰の原点には「自分のしてもらいたいことを人にする」という教えがあるが、自己本位な選択、
自分勝手に生きる選択をして信仰よりも別のものを優先したことが、はたして無かっただろうか?
そのとき天秤は、やはり傾いていたのではないだろうか?

今日の列王記のエリシャの話を私たちのこととして受け止めるならば、私たちも生活の中で、何度も預言者に出会っている。
ある時は父、母の姿で、または妻、子供、友人として・・・
そのときに、
一杯のを差し出すような 愛を込めた行いによって、私たちは神と出会うのかもしれない。

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記憶をたどりながら印象に残った言葉を羅列した感じなので、ちょっとニュアンスが違うかもしれないが、印象的には上記のような話だったように記憶している。

実際には、この私の覚え書よりも、もっと豊かな表現をされるし、とてもソフトな語り口なので、実際に説教を聞くと、はるかにインパクトがあったのだが、それを表現しきれないのがもどかしい。

乗り越えたと思えるほどに納得したとは思えないし、理解できているのかどうかは自信が無いが、とても心に響くものがあって、腑に落ちないようなモヤモヤした感じではなく、少しホッとしたような気持ちで、家に帰ることができたのは幸いだった。

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