カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。

いろいろな人物のプロフィールについて語られる場合、その人物がキリスト教の信者の場合は、なぜか「敬虔なクリスチャン」とか「敬虔なカトリック信者」とか、いちいち「敬虔な」という修飾語がつけられることが多い。

いままでもこれからもプロフィールを書いてもらえるようなことになることは、普通の庶民の私の場合は確実に無いけれども、仮にもしそういうことになったとしても「敬虔な」をつけられるとちょっと困る感じがする。

やはり自分の事を「敬虔な」とはとても思えない。


「いちおう
カトリックとか「実はカトリックとか「家の宗教がカトリックとかの方がしっくりくる。

このところ、ブログの更新がなかなか捗らないのも、どうも気持ちの根っこのところに、「気持ちが舞い上がることが時にあったとしても、日常を聖化するという地味で節制が必要なところでは全くゆるい」私が、カトリックをお題にブログを書いているということの疲れと恥ずかしさとが、頭にチラついてしまっているということもあるのかもしれない。

まもなく四旬節に入ろうとしている。

一年の中でも節制が必要な時で、自分のゆるさ加減を特に実感しやすい時でもあるけれども、日常という自然体の中で、ささやかにではあっても変化をつけることができればと思ったりもする。

キリストご降誕について福音書では、ルカ福音書では「ベツレヘムの羊飼い」、マタイ福音書では「東方の三博士」が御降誕の馬小屋を訪れている。

ベツレヘムに、もともといる羊飼いと異郷にいる三博士では居る場所が違うから 、最初に訪ねた方は羊飼いだと思うが、天使が現れて知らされなければ羊飼いは何も知らなかった事になるので、羊飼いについては「天使のお告げで招かれた」ことがポイントになってくるような気がする。

一方、三博士の方は「兆しを見つけて、捧げ物を用意し、遥かに遠い国へと旅立つ」という行動をとったことで、神様に会おうとする信仰者としての積極的な強い意思があったと見なされてきたのかもしれない。

なぜならば、三博士にはメルキオール、バルタザール、カスパールという名前が残っている。

それぞれ、青年、
壮年、老人の姿の賢者の姿だったとされる。
この三博士は、三種の肌の色(褐色、白色、黄色)だったという話もある。

その
捧げ物は「黄金」「乳香」「没薬」で、それぞれ「王権の象徴」「神性の象徴」「将来の受難である死の象徴」を神さまに奉納した。

この三博士の目線で見つめていくと主の御降誕という物語はどう見えてくるのだろう。
「神様に出会うための旅」というドラマは、聖クリストフォロスの話をチラッと想ったりもする。

私もまた、ぼんやりしながらも人生の歩みの中で
神様に出会う旅をもしかしたら続けているのかもしれないけれども、「お捧げするもの」を準備するという自覚には乏しいかもしれない。

「兆しを見つけて、捧げ物を用意し、遠いところへ旅立つ」ということを「信仰」と考えると、当たらずとも遠からずというような気がしたりもする。





 

スキャン





























あけましておめでとうございます。

元旦1月1日は、神の母聖マリアの祭日なので、マリア様の御絵をアップロードして、新しい年のスタートを切ることにした。

古い西洋絵画のマリア様の御絵だが、外国にあるものではなくて上野の国立博物館にあるもの。

元々は長崎奉行所宗門蔵にあったようなので、江戸時代から日本にあったマリア様の御絵になるので、日本での最古のマリア様の御絵(の一つ)ということになるのだろう。

この絵が桃山時代か江戸時代にあったことのインパクトを想うとき、もしキリシタン禁教がなかったらということをちょっと思ったりする。

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