カトリの日記

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログ。

・日々の雑感とともに、主にカトリック教会について書いているブログです。
・キリシタンの時代から現代までの「カトリックの日本人」や「伝統的典礼」「教会建築」「教会音楽」 「宗教美術」など興味関心はいろいろ。
・現在の日本のカトリック教会は「伝統の断絶」や「偏った政治指向」が一部にあると感じています。
・特別形式ミサ(伝統様式のラテン語ミサ/トリエント・ミサ)の実施に参加しており、不定期な開催の場合は、その告知を行います。

11月2日の、今年の荘厳司教ミサのミサレットの表紙ができました。
今年からミサレットがA4サイズに大きくなります。

荘厳ミサ_表周り

2019/10/2 更新

下記の案内の内容に変更はないけれども、荘厳司教ミサまで、ちょうどあと1カ月になったので、記事公開日を更新します。

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表記のミサは、まだかなり先の予定だが、秋は教皇フランシスコ訪日もあるので
早めに予定を立てた方が良いような感じがする

教皇訪日は11月25日あたりで、ミサは東京と長崎らしい。

訪日ミサに先立って、同じ11月初めに、
ラテン語グレゴリオ聖歌による荘厳司教ミサが
行われるのは良いタイミングだと思う。

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第29回 荘厳司教ミサ

2019年11月2日(土)

場所:東京大司教区カテドラル関口教会 聖マリア大聖堂

13時: 開場

13時40分: 聖母の連祷  

14時ごろ: 荘厳司教ミサ

主司式:タルチシオ菊池功 東京大司教 
共同司式:駐日ヴァチカン大使 ジョセフ・チェノットゥ大司教 他 司祭多数

ミサ意向「日本の教会の将来ため 〜教皇の来日を機に〜」


「そこで主なる神が地のちりをとって人間を形づくり、鼻の穴に命の息吹を吹きこまれたとき、人間は生きるものとなった。」(創世記2)
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いま上映中の、3DCGアニメーションの「トイ・ストーリー 4」 が評判が良いので、先週末に家族で観に行ってきた。

(以下の文、少しネタバレがあります)

制作はピクサー・アニメーション・スタジオ。

何年か前に、美術館で「ピクサー展」という特別展を観に行ったことがあった。
「ストーリーへのイメージの膨らませかた」「キャラクターの表現力」「リアリティの追求」など、ピクサーの3DCGアニメーションに対するこだわりに、とにかく感心したことを覚えている。

ただ、ピクサーは、そういう技巧的なところだけが凄いだけではなく、ストーリーもハートウォーミングで、ひねた感じがしないのがいい。

日本のジブリのアニメも凝っていて良作と思える作品も無いことはないけれども、描写やストーリー展開に「なんとなくひっかかる」ことがあって、ピクサーのように信頼しきれない。
表現が難しいのだが「ストーリーがうるさい」感じがする。
つきつめれば宮崎駿さんという人の問題になってくるのだと思う。

比べればピクサーのアニメは主題が素直でシンプル。

トイ・ストーリーという作品は、オモチャの世界を描いたファンタジーアニメだが、子供が観て楽しい、面白い、だけでなく、大人が観てもメタファーを探れる深みがあり面白い。

ストーリーは、オモチャの目線で基本的に進行するが、時々人間の目線になるときがあって、その時おもちゃは瞬間で静止状態になる。
つまり、オモチャ目線から人間目線へ切り替わる瞬間があり、このとき「いきもの」が一瞬で「物体」に変わる妙なインパクトがあって、この一瞬の表現力は極めて巧みだ。
人間からはオモチャの心は全く読みとれないが、オモチャは人間の気持ちがわかるので、映画を観る観客の立場では、オモチャのほうが人間を超えた存在に思えてくる。

トイ・ストーリー のキャラクターは、オモチャなので、皆、個性的なのだけど、今回の最新作でも、新しいオモチャのキャラクターが新たに登場した。

そのなかでも、使い捨ての先割れスプーンなどのガラクタの工作で作られたフォーキーというキャラが特にいい。
フォーキーは、自分の存在が「ゴミ」から「オモチャ」に変化したことが、当初は理解できず言葉も喋れない。製作者のモーリー(人間の子供)の愛情も理解出来ない。スキがあればゴミ箱の中に戻ろうとする。
ただ、主人公のオモチャであるウッディとの関わりによつて、少しずつ「オモチャ」の自覚が芽生えていく。「心」が生まれるプロセスに「愛情」の存在が関わる。

別に深読みをしなくてもいいのだけど、私の場合、このフォーキーの変化に、冒頭の創世記の「命の息吹」の箇所が、思い浮かんだ。

「命の息吹」については、そもそも3DCGそのものが、キャラクターを創るという作業において、制作スタッフがこのことを想うことがあるかもしれない。

今回は、ギャビーギャビーというキャラクターも印象に残る。
ギャビーギャビーは、ボイスボックスの不良のため、何十年ものあいだに一度も人間の子供から愛されたことがない。
アンティークショップで孤独に過ごす、可哀想な女の子の人形。
一度でいいから人間の子供に愛されたいと願うギャビーギャビーが最終的に人間から愛されるようになるのは、迷い子になって泣いている女の子に寄り添うことで願いがかなった。
愛されることだけでなく愛することが大切というメッセージが織り込まれている。
引き換えのように、主人公のオモチャのウッディの運命が変わるが、そこが今回のストーリーのキモになる。

人間とは違う存在の目線で人間を見て「この物語のオモチャって何?」とか「人間って何?」とか「心って何?」ということに想いを巡らすことができるのが楽しい。

この映画を観て楽しめるのは、そういうところにある。

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